第173話 『 遊李とカノジョ様のお考え 』

「んー」

「萌佳?」


 ボッチ宅から帰宅中。手を握るカノジョの萌佳の異変に気付いた俺は、愛らしいご尊顔に向かって訊ねた。


「どうかした?」

「ううん。何でもないよ。ただ、ちょっと気になることがあって」

「気になること?」


 小首を傾げた俺に、萌佳は「本当に大したことじゃないんだけどね」と前置きしてから言った。


「今日の天刈さん。すごくラフな格好だったなーって思って」

「それがどうかしたの?」 


 女子の感性は独特だ。男としては気にも留めないことを、女子は気掛かりと感じることがある。加えて萌佳の勘は鋭く、よく当たる。おまけに聡明だ。そんな彼女が今日の天刈さんに不信感を抱いたのなら、それはきっと勘違いではなく証拠の掴めていないだけの事実なのだろう。

 俺は声音穏やかに促せば、萌佳はあざとらしく顎に指を添えながら続けた。


「私は天刈さんの私服なんて今日初めて見るし、もしかしたらそれが天刈さんの普通なのかもしれないんだけどね。でも、それにしては全然お洒落じゃない……というより、なんだか自宅にいるみたいな雰囲気だったなー、と思いまして」

「それってつまり、天刈さんがボッチの家に住んでるかもしれないってこと?」

「あはは。いくらなんでもそれはないか」


 馬鹿馬鹿しかったねと笑う萌佳。しかし俺は茶化すことはせず、萌佳とその話題を続ける。  

 なんとなくこの会話は海斗に聞かれちゃまずい気がして、俺は声量を下げた。


「もう付き合ってるんだし、昨日はボッチの家に泊ったとかならそれはありえるんじゃない?」

「あ、その線もあるのか。ゆーくん賢い」


「ありがと」そう笑って、萌佳のさらさらな髪を撫でる。


「ということはつまりあれかな。二人はもう私たちみたいにすることしてるってことかな?」

「それは流石にないんじゃない? ボッチ。手を繋ぐとかそういうスキンシップはよくしてるみたいだけど、付き合って数日でキスする勇気はないと思うよ」

「私たちは付き合った初日に済ませちゃったけどね」

「萌佳を好きって気持ちを伝えるにはあれが確実だと思ったからね」


 少し話はそれるけど、俺と萌佳は既に性行為も済ませてるし、キスとか気軽にしてる。

 でも、ボッチは俺と違って慎重にことを進める性格だ。いくら天刈さん大好きと言えど、交際初日からかっ飛ばすような真似は絶対にしない。億が一があるかもしれないけど、少なからず二人の距離感的にそういうことを済ませたようには見えなかった。それに天刈さんは見かけによらず初心らしいし。


「……でも、案外当たってるかもしれないな」

「えぇ。私は絶対にそれはないと思うな。だって、同棲するにしたってそこに至るまでの理由が思いつかないもん。二人は実は許嫁だったとか?」

「それはない。もし本当に二人が許嫁だったら、少なくともボッチは俺に相談してると思うよ」

「ゆーくん、ボッチくんに信頼されてるんだねぇ」

「ゲームの悩み事なら誠二に。友達同士の悩み事なら海斗に。恋愛の悩み事なら俺に。中学から一緒にいると、自然と友達同士でそういう関係が築かれていくんだよ」

「親友ってやつだ!」

「ふふ。そう。俺たちは中学からの親友だからね」


 ボッチは頻繁に……とはまではいかずとも、俺によく恋愛方面で相談しに来る。他に相談できそうな相手がいないというのもあるけど、とにもかくにも許嫁やそれに近い存在がいたら俺に相談を持ち掛けてくるはずだ。それに、自分で言うのもあれだけど、俺は察しがいい。ボッチの嘘ならすぐに判る。

 けれど、ボッチが巧妙に何かを隠しているなら話は別だ。

 ――それを詮索するのは、果たして友達と呼べるのか。

 たぶん。ボッチは意図的に何か隠してる気がする。俺たちには言えない何かを。そしてそれは、きっと天刈さんに関する何かだと思う。


「ボッチ。天刈さんのことになると海斗みたいになるからなぁ」

「なにそれ?」

「お節介で世話焼きってこと。二人のことをあまり追求するのは止めておこうか」


 ボッチのことだ。時期がくれば自ずと俺たちに事情を明かす時が来るだろう。そう信じたいし、そう信じてる。

 俺のその判断に、萌佳も「そうだね」と小さく口許を綻ばせながら頷いた。


「余計なこと詮索して天刈さんに嫌われたくないもん」

「萌佳の目標は天刈さんをあだ名で呼ぶことだもんね」

「うん。あーあ。早く私も天刈さんのことアマガミさんって呼びたいなぁ」

「意外と近いかもしれないよ。その日が来るのは」

「本当? ふふ。本当だったらいいな」


 天刈さんは俺たちが思ったより怖くない人だ。上手く人と距離感を図るのが苦手なだけで、ボッチが言うように根は優しくて真面目な人なんだと思う。

 なら、彼女が萌佳に心を開いてくれる日は意外と近い気がして。


「まぁ、しばらくは付き合いたてのカップルの邪魔はしないでおこうか」

「そうだね」


 俺たちがボッチと天刈さんの真相を知る日は、まだ先のこと――。


「そうだ。ゆーくん。土曜日の予定って空いてるはずだよね?」

「え、うん。俺の優先順位は萌佳だからね。どっか行きたいの?」

「うん。予定が空いてるなら――私の家、泊りに来ない?」

「――っ! ……目の前に海斗たちがいるっていうのに、大胆な誘い方だね」

「えへへ。仲良しな二人を見てたら羨ましくなってきちゃって。土曜日は、私以外はいないから。だから、ね?」

「もち。絶対に行く。あの二人に負けないくらい、イチャイチャしよっか」

「うん。イチャイチャしよう」


 見たかボッチくん。これが、既に何段も大人の階段を上った者の会話だ。

 というわけで、俺の土日は恋人と甘い時間を過ごすことになりました。ボッチ。キミも早く童貞を卒業したまえよ。

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