第170話 『 大先輩は格が違う 』

「もぐもぐ……この炊き込みご飯うめぇ。やっぱボッチメシは定期的に食べたくなるなぁ」

「こっちのすみれ汁も最高だよー。こんぶとカツオ節の優しい風味が鼻から通り抜けていく度に何度でも飲みたくなっちゃう」

「「……オカンの味やぁ」」


 一方は食を嗜んでおり、


「くっ! ボッチ氏からよく天刈氏といるとガチャでいいのが当たると聞いたのにッ……近年稀に見る爆死ですぞ⁉」

「くはは! こいつぁ傑作だな! やっぱ人がガチャ回して爆死するのは見てて心地いいわ!」

「あ、悪魔でござる⁉ ……ところで天刈氏もこのゲームやってるのでござるよな?」

「あぁ。やってるぜ」

「ではせっかくですし少しだけマルチしましょうぞ」

「いいけど、あたしそんなに上手くねぇぞ?」

「ガチ勢ならともかく、友達と遊ぶのに上手い下手などないでござるよ」

「ござる眼鏡! ――あたしはお前と友達じゃねえ」

「そこは辛辣!」


 もう一方ではご飯よりもゲームに夢中で。

 それぞれが好きなことで盛り上がっている光景を、僕は双眸を細めながら眺めていた。

 僕が温かな光景に浸っていると、いつの間にか隣にいた海斗くんが声音を静かに言った。


「そういや、無事天刈と付き合えたんだな」

「うん。皆の協力のおかげでね」

「順調そうでなによりだわ。おめでとう、智景」

「ありがとう。海斗くん」


 親友へとお礼を告げたあと、話題はそのまま文化祭での出来事に続いた。


「そういえば、水野さんは結局来れなかったみたいだね」

「あぁ。振替休日は誰にも遭わず家でゆっくりしたいんだと。元々皆で盛り上がるようなことするの苦手だからな。あんま気にしなくていいぞ」

「水野さんには水野さんの過ごし方があるもんね」

「智景がわざわざ気にかける必要はねぇよ。アイツ、俺が休日どこか出かけるかってメール送ったのに全部既読スルーくらい外に出る気はないみたいだからさ」

「あはは。海斗くんは相変わらず苦労してるね」


 全くその通りだ、と嘆息を落とす海斗くん。でも、僕にはその顔が嬉しそうにみえて。


「まだ聞けてなかったけどさ、海斗くんの方はどうだったの?」

「ん?」


 そういえば海斗くんもこの文化祭で水野さんに告白するような決意を固めていた気がしたのを思い出して、僕は海斗くんに訊ねた。


「水野さんと上手くいったのかなー、と思って」

「……あぁ。そういうことか」


 海斗くんは納得したような吐息をこぼすと、まぁ、と一拍継いで、


「上手くいったかいってないか、で言えば上手くいった……と思いたい」

「えっと。それってつまり?」


 曖昧な答えを出した海斗くんに眉根を寄せる僕。

 海斗くんはぽりぽりと頬を掻きながら、


「たぶん。上手くいったとは思うんだ。でも、前進はしてないと思う。なんて言えばいいのかな」


 海斗くんはしばらく悩んだあと、


「あれだな。仲直りできた、って感じかな」

「仲直り? 二人って喧嘩してたの?」

「喧嘩じゃないけどそれと似たようなことかな。まぁ、ともかく、琉莉には好きって伝えて、拒絶はされなかったよ。――今は、それで十分だ」

「そっか」

「少しずつ。少しずつ距離を埋めていくって決めたんだ。それでいつか琉莉が俺に心を開いてくれるその日まで、俺は琉莉に寄り添っていくつもりだ」


 僕には僕のやり方があるように。海斗くんにも海斗くんのやり方がある。

 海斗くんが自分でやり方を模索していくというのなら、親友の僕ができることはひたすらに彼の道程を応援し続けるくらいだろう。


「困ったこととか相談事があったらいつでも言ってね。僕は海斗くんの親友なんだから」

「へへっ。おう。恋愛の先輩として、頼りにさせてもらうぜ」

「あはは。僕が先輩なんて大袈裟だよ。本当の先輩はあそこにいるでしょ」

「……あはは。だな。アイツにはこの場の誰も敵わねぇな」


 僕がそっと指を指す。その方向には過去何人もの女性と付き合い、そして現在、僕ら1年2組のマドンナともいえる存在を射止めた男子がいた。


「あ、萌佳。口許にソース付いてるよ」

「え、本当?」

「ちょっとジッとしてて。……はい。取れた」

「えへへ。ありがとうゆーくん」

「「……人様の家で惚気てんじゃねえーよ(でござる)」」


 遊李くんなんかに比べたら、僕なんてまだまだ。それこそ大人の階段を一段上った程度にしか過ぎない。


「……見習っていかないとね」

「……だな」


 僕の呟きに、海斗くんが羨望の眼差しを遊李くんに向けながら頷く。

 大先輩の逞しい背中を見届けながら、僕と海斗くんは互いに新たな決意を胸に立てたのだった。

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