第168話 『 加速する甘い時間 』

「手、繋いでいい?」

「お、おう」


 夕食後。日付が変わるまであと一時間を切った。残りの時間はアマガミさんと甘い時間を過ごそうと決めた僕は、ソファに座った瞬間にカノジョにおねだりした。

ぎこちなく返事したアマガミさんにくすっと笑いながら、僕はか細く冷たい右手をそっと握る。


「お前好きだよな。あたしの手握るの」

「それは合っているようで少し違うよ。僕はアマガミさんに触れるのが好きなんだ」

「――っ。よくそういう小っ恥ずかしいことを平気で言えるな」

「遠慮はしないから。アマガミさんを好きだって気持ちも、触れたいって気持ちも、これからは惜しみなく伝えていくつもりだよ」

「お前の素直な性格は尊敬するけど、だからって何でもかんでも口にすんのは違ぇと思うぞ」

「アマガミさん照れ屋だもんね」

「おいこら。誰が照れ屋だ」

「大好きだよ」

「あうぅぅ」


 異議ありと抗議してくるも、呆気なく愛の告白に撃沈してしまうアマガミさん。やっぱり照れだ。


「昨日今日だけでもう何回も言われてるはずなのに、全然慣れねぇんだけど⁉」

「しばらくはそのままでいて欲しいな。照れたアマガミさん可愛いから」

「悪魔かお前はっ! ……はぁ、やっぱあたしの精気吸ってるだろお前」


 あはは。もしかしたら本当にそうかもね。

 不思議だ。体は疲弊しきって頭は鉛のように重たいはずなのに、アマガミさんと話していると気分が落ち着いて元気が出てくる。


「アマガミさんは僕だけのヒーラーだね」

「あぁ? 急に何訳分かんねぇこと言い出してんだ?」

「ふふ」

「なんだその微妙に腹立つ笑みは。たくっ。ボッチじゃなかったら一発腹に拳を打ち込んでた所だぞ」

「それは僕じゃなくても止めてあげようよ」


 愛しい。

 この会話が。

 この時間が。

 キミといる全てが。

 こんなにも、愛しいと、幸せだと感じる。


「明日はバイトまで一緒にゲームしよっか」

「お、いいな。原臨やろうぜ」

「見事にハマったねぇ」

「あぁ。今一番ハマってると言っても過言じゃねえ。あれは無限にできるゲームだ」

「ふふ。了解。じゃあ明日は二人で思いっ切り探索しようか」

「おう! じゃあ、今日はゆっくり休めよな」

「うん。……でも、寝るまでもう少しだけ、アマガミさんに甘えたいな」

「~~~~っ。こ、こんなのでいいなら、いくらでもやってやるよ。こ、恋人特権、ってやつだ」

「ふふ。なら有難く行使させてもらおうかな」


 手の温もりだけじゃ物足りなくて、僕はゆっくりとアマガミさんと距離を詰めていく。

 一時間前に少しだけ堪能した彼女の体温。それを、僕はもう一度求めるように腕を伸ばした。


「「――――」」


 見つめ合ったあと、羞恥心が限界に達したアマガミさんが視線を切る。それでも距離を詰めることは止めず、やがて僕らは布一枚越しに密着した。


「アマガミさん。いい匂いがする」

「か、嗅ぐなぁ」

「ごめんごめん。でも、僕が好きな匂いだからつい」

「ならあたしがボッチの匂い嗅いでも文句言うなよ?」

「汗臭くない?」

「すんすん。ちょっとくせぇな」

「離れる!」


 慌てて離れようとするも、アマガミさんにガッチリホールドされて離れられなかった。


「いいよこのままで。嫌いじゃねえから。それに、これはボッチの頑張った証だろ?」

「うぅ。でもカノジョに臭いって言われたくないなぁ」

「気にすんな。こんな程度であたしがボッチのこと嫌いになるはずねぇだろ」


 耳朶に直接届く。彼女の吐息が。優しくて穏やかな声音が。


「……それじゃあ、このまま抱きしめていいかな?」

「あぁ。思う存分あたしを抱きしめていいぞ。あたしも、気が済むまでボッチのこと抱きしめてたい」


 僕らは相思相愛。今、間違いなく世界で一番幸せなのは僕とアマガミさんだろう。


「はい。アマガミさんの気が済むまで、僕を抱きしめてください」

「へへ。じゃあ遠慮なく」


 心臓の音が静まらない。

 キミと過ごす甘い時間が、加速していく。



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