第167話 『 アマガミさんと鉄人男 』

 文化祭から一夜明けた月曜日。本来は振替休日なのだが、生憎僕はバイト先の出勤日だった。ついでに明日も出勤だ。

 明々後日には海斗くんたちと僕の家で文化祭お疲れ様会を開く予定なので、僕がゆっくりできるのはまだまだ先のようだ。


 平日の学校に続き文化祭。そして追い打ちのバイトは流石に体に悲鳴を上げた。凄まじい疲労感を覚えながら家の玄関をくぐると――何やらいい匂いが鼻孔を擽った。


「ただいまー」

「お、帰って来たか」


 おそらくは家内にいるであろうアマガミさんに帰宅を報せると、リビングの方からガチャリと扉が開く音がした。

 僕が丁度靴を脱いだのとほぼ同時、アマガミさんは「おかえり」と出迎えてくれた。


「待ってたぞ鉄人男」

「なにその変なあだ名」


 愛しのカノジョが出迎えてくれる現実に感慨深さを覚えるのもつかの間。直後に愛しのカノジョさんから変なあだ名を付けられた。


「文化祭の次の日にバイト入れるとかアホか。頑張りすぎなんだよお前は」

「あはは。学校優先とはいえ、流石に何日も休むのは気が引けて」

「それでつい入れちゃったと」

「うん」


 アマガミさんは「はぁ」と嘆息。


「とりあえず手洗ってリビングに来い。晩飯作ってあるから」

「あ、やっぱり作ってくれたんだ」

「簡単なものしか作れねぇし味は保証しかねるけどな」

「えへへ。それでも嬉しいな」

「い、いつもお前にメシ作らせてんだ。感謝される謂れはねぇ」


 そう彼女は言うけれど、やっぱり嬉しいものは嬉しくて。


「ありがとね、アマガミさん」

「――っ!」


 もう一度感謝したあと、僕は照れてそっぽ向く愛しの恋人にぎゅっと抱き着いた。


「ハグは付き合う前からやってたんだし、今更抱きついたところで平気だよね?」

「な、なななんの予兆もなく急に抱き着くな⁉」

「じゃあハグしていい?」

「遅せぇよ⁉」

「念の為言っておくけど、絶対に離れるの止めないからね?」

「お前ぇぇぇ」


 先んじて忠告すると、アマガミさんが恨めしそうに僕を睨んだ。

 それから彼女はやれやれとため息を落とすと、


「しゃーねぇから。付き合ってやる」

「ふふ。優しいね」

「ち、ちなみに聞くけど……あたしの方からも抱きしめんのはありか?」

「…………」


 羞恥心と欲望のせめぎ合いの結果、欲望に負けてしまったアマガミさんからの要求に、僕は思わずくすっと笑ってしまいながら、


「もちろん。僕のこと、抱きしめて欲しいな」

「い、いいんだな?」

「うん。僕のこと離さないくらい、強く抱きしめてよ」


 じゃあ、と顔を赤く染めて、機械みたいにぎこちなく伸びていく腕が、やがて僕の背中に回ると、


「お帰り。ボッチ」

「うん。ただいま。アマガミさん」


 強く。アマガミさんが僕を抱きしめる。

 僕も、更に強くアマガミさんを抱きしめた。

 冷える廊下で、僕らは暫くお互いの体温に浸るのだった。

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