第160話 『 文化祭前夜の女子会 』

 それは、文化祭前夜での会話。


『それじゃあ、明日から二日間。我らがクラスの成功を祈って――』

『『かんぱーい!』』

『……かんぱーい』


 学校からそれほど遠くないファミレスで、あたしは他の奴らの雰囲気に吞まれながらグラスを掲げた。


『や~。まさか天刈さんも来るなんてね』

『邪魔者だったらさっさと帰るぞ』

『そんな悲しいこと言うなって。アンタが文化祭の手伝いずっと頑張ってくれたのはここに全員がもう知ってんだから。ただ、こういうのにアンタが参加するのが意外だと思っただけだよ』

『べつに。ボッチが行けって言うから来ただけだし』

『天刈さんは委員長の言うことなんでも聞くんだねぇ』

『そのニヤケ面止めろっ! なんかめっちゃ腹立つ!』


 最近やたら絡んでくる倉と会話をしていると、『むぅ』と拗ねた風に頬を膨らませたヤツが近づいてきた。


『倉ねぇだけずるーい。私ももっと天刈さんと話したいのにぃ』

『ええいっ。頬を擦りつけてくんなっ! 鬱陶しい!』

『うむぅ。アマガミさんの匂いはいつ嗅いでも興奮するわっ』

『シンプルにきめぇ⁉ 離れろっ!』


 距離感がバグってるイカレ女こと白縫を無理矢理引きがしていると、


『そういやさ、ずっと天刈さんに直接聞きたかったことがあるんだけど、この際だし聞いていいかな?』

『あぁ? んだよ聞きたいことって?』 


 眉根を寄せたあたしに、倉がニコニコと実に不快な笑みを浮かべながら言った。


『ぶっちゃっけ、アンタと委員長ってどこまで行ってるの?』

『? なんだ? どこまでって……』

『いやだから、キスとかしてるかなーと』

『キッ⁉ そ、そそそんなのしてねぇに決まってるだろ⁉』

『えっ。二人って付き合ってるんじゃないの?』

『付き合ってねぇよ!』


 声を荒げて否定すれば、倉は『それであんなに仲いいのか』と真剣な顔で呟き、白縫は『早く付き合っちゃえばいいのに』と腹が立つ笑みを浮かべていた。


『でも、アンタは委員長のこと好きなんでしょ?』

『べ、べつに好きじゃ……』

『じゃあこの中の誰かが委員長取ってもいいんだ? 言っとくけど、委員長のこといいって思ってる人結構いるよ?』

『そ、それはダメだ! ボッチはあたしの……あたしの……』

『『あたしのぉ~~~~?』』

『そのクソムカつくニヤケ面止めろ!』


 躊躇うあたしを挟み込むようにして倉と白縫が追求してくる。

 早く答えて楽になれと言わんばかりに圧を掛けてくる二人に、あたしは逡巡した末に、


『……好きに決まってんだろ』

『『きゃ――――――――っ!』』

『だぁぁぁぁぁ! だから言いたくなかったんだよ⁉』


 ついに他人に口外してしまった。恥ずかしさで死にたくなる!

 真っ赤になった顔を必死で両手で覆い隠すあたしに、二人――いや、あたしの告白をこっそり聞き耳を立ててやがった連中がいつの間にかあたしらのテーブルに密集してきやがった。


『ほ~ら。やっぱ好きなんじゃん』

『まぁ、あれで好きじゃないって言うのは無理があるよねぇ』

『よかったぁ委員長に手出さなくて。出してたら今頃海の藻屑だったかも』

『で? で? やっぱり告白するの?』

『しねぇよ! ……し、したくても、ボッチにフラれたらって思うと、怖くてできない』


 乙女ね、と全員が口を揃えてそう言った。よし、後で全員シバく!


『でも私たち目線から言わせてもらえば勝算高いと思うけどね。委員長も天刈さんにゾッコンです! みたいな顔してるし』

『そ、そうか? ただボッチのあたしを憐れんで一緒にいるだけとか……』

『それ、自分で言っててどう思うの?』

『しょ、正直に言っていいのか?』

『もち』 

『……正直、それはないと思う』


 でしょうね、と全員が口を揃えて失笑する。悪かったな柄にでもなく弱気で!

 ……でも、しょうがねぇだろ。あたしにとってボッチは全部で、だからこそ怖いんだ。告白して、フラれたら今の関係じゃいられなくなる気がして。

 ボッチだけは、失いたくない。

 アイツの傍から、離れたくない。


『あたしは、別に付き合わなくても、ボッチと居られればそれでいいんだ』

『アンタ、委員長のことになるととことん弱気だねぇ。そんなんじゃぽっと出の女に隣奪われちゃうかもよ?』

『…………』

『それは嫌なんでしょ?』

『…………(こくり)』


 小さく頷けば、可愛い、という呟きが零れる。いつもなら噛みついているだろうけど、今はそんな気力なんてなかった。


『告白する怖さも分かる。だから私は天刈さんのその脆さを否定しない。私も中学の頃好きな男に告白してフラれた経験あるから、そういうの分かるよ』

『そうなのか?』

『そうそう』


 倉は苦笑しながら頷いた。周囲を見れば、何人かも倉と同じようにフラれた経験があるらしい。全員あたしより可愛いはずなのにフラれるとか、世の中って不思議だな。


『でもさ。やっぱ告白しなきゃ伝わらないこともあるよ』

『そんなの、分かってる』


 あたしだってそれなりに好きって気持ちを伝わってもらえるように努力した。恥ずかしさを押し殺してボッチに膝枕してもらったり、意図的に髪を乾かさせて触れていいって伝えてみたり、過剰に甘えてみたり――まぁ、そんだけやってもボッチには気付かれなかったけどな。

 やっぱ、ボッチから告白して欲しいって思うのは甘えなのかな。

 でも、自分じゃ勇気が出なくてできない。

 怖くて、無理だ。


『――そんな思い込まなくても平気だよ』

『……白縫』


 あたしの背を優しく撫でながら、白縫は笑いながらそう言った。


『ボッチくんが天刈さんのことを嫌いじゃないのは絶対だし。仮に告白してフラれちゃっても関係が終わっちゃうとも限らないでしょ。好きって気持ちを伝えるのは難しいかもしれないけど、それを頑張って伝え続ければボッチくんは必ず天刈さんの気持ちに応えてくれると思うんだ』

『…………』

『大丈夫だよ! もし天刈さんがボッチくんにフラれちゃっても、私が天刈さんと付き合ってあげるから!』

『……白縫』


 大丈夫と、あたしのことを真っ直ぐに見つめながら励ましてくれる白縫。

 その満面の笑みに、あたしはふっと弱々しく笑うと――


『――その励まし方はマジできめぇ』

『そんなぁ⁉ 私本気で天刈さんとなら付き合えるのに!』

『もっときめぇわ⁉』

『萌佳にはもうとっくにカレシがいるでしょうが』

『あうっ』


 真顔であたしがツッコむのと同時、倉からの手刀が白縫の頭に入る。

 途端。それまで静寂に包まれていた空気が一瞬にして破綻。一斉に周囲に笑い声が溢れかえる。

 釣られて、あたしも失笑しちまって。


『お前は相変わらず頭ぶっ飛んでるな』

『えへへ。それほどでもないよ』

『褒めてねぇよ! はぁ。なんであたしのクラスの委員長は男女揃ってやべぇヤツなんだ?』

『普段は優秀で真面目な二人なんだけどねぇ。でも天刈さんが絡むとその二人変人になるんだよ』

『おい。なんだそれ。まるであたしが変人製造機でも言いたげなぁ?』

『実際そうでしょ。天刈さんと関わってから萌佳はこんな風に天刈さんラブになり、ボッチくんも『アマガミさん!』って犬のように尻尾振るようになったんだから』

『その二人が異例なだけだわっ。……たくっ。やっぱ人付き合いは程々にすべきだな』

『これ以上変人を生みたくないから?』

『これ以上面倒ごとに巻き込まれたくねぇからだよ⁉』


 けらけらと笑う倉に、あたしは大きな大きなため息を吐く。

 やっぱり、ボッチ以外のヤツと関わると疲れるな。

 でも、コイツらのおかげで、ほんのちょっとだけ気持ちがスッキリしたのも事実で。


『……その、ありがとな、皆』

『『ヤンキーがデレた⁉』』

『なんで感謝伝えただけでこうも驚かれるんだよ⁉ あーもう! やっぱお前らとは絶対に関わらねえ――――――っ!』


 落ち込んで、励ましてもらって、少しだけ勇気をもらって。

 ――そしてあたしはこの文化祭で、ボッチに好きだって伝えると決めた。





【あとがき】

昨日も1件のレビューを頂きました。本作の応援ありがとうございます。

そして長い長い文化祭編もついにクライマックスです。

終わったらしばらく休載するからな! その前にちゃんと2人の恋の結末見届けること!

ということでまた次回〜。

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