第159話 『 二人だけのアオハル 』
壇上でスポットライトを浴びるヒロインよりも、隣にいるキミに見惚れてしまう。
周囲の熱気と歓喜よりも、繋ぐ手の温もりに心臓が騒いで――。
「演劇もライブも楽しかったねー」
「そうかぁ? あたしは青春群像劇よりもやっぱアメコミの方が好きだな」
「あはは。演劇と映画を比べちゃダメだよ」
「でもライブは思ったより面白かったぞ。歌もあたしが知ってるやついくつかあったし、後半はちょっとテンション上がっちまった」
「ふふ。ずっと見てたから知ってるよ」
ライブ中に肩を揺らしていたアマガミさんは見ていて可愛かったなぁ。
「来年はアマガミさんもライブやってみれば?」
「何言ってんだお前。あたしがんな陽キャみたいなことできるわけねぇだろ」
「でもアマガミさん、歌上手だよね?」
「んなっ。なんで知ってんだ⁉」
驚くアマガミさんに僕は「だって」と前置きして、
「アマガミさん。お風呂場を掃除してる時よく鼻歌うたってるでしょ」
「~~~~っ⁉ ま、ままさか聞こえて……っ」
「うん。ガッツリ聞こえてるよ」
「ちょっと一回バンジーしてくる」
「早まらないでよ⁉ というか文化祭にバンジーできる場所なんてないから!」
死んだ顔をして屋上に向かおうとするアマガミさんを必死に引き留める僕。
アマガミさんはこれでもかと顔を赤面させて、
「うあぁぁぁぁぁぁ! なんで聞いてんだよ⁉ つかなんでそれを言わねぇんだ⁉」
「言う訳ないでしょ。楽しそうに歌ってるアマガミさんすごく可愛かったんだから」
「わざとか⁉ 言わなかったのはわざとか⁉」
「アマガミさんの歌声好きだからね。綺麗だし透き通ってて、オペラ歌手みたいだったよ!」
「感想なんて求めてねぇよ⁉ もう二度と家で歌わねぇ!」
「えぇ。僕は気にしないよ?」
「あたしが死ぬほど恥ずかしいんだよ⁉」
僕がカミングアウトしてしまったばかりにアマガミさんが拗ねてしまった。
ううん。アマガミさんの歌がもう二度と聞けないのは嫌だなぁ。
「あ、そうだ。なら今度一緒にカラオケ行こうよ。そこなら僕も歌うし、少しは恥ずかしさも低下するんじゃない?」
「……まぁ、それなら。ボッチが歌上手いかも気になるしな」
「僕は普通だよ。海斗くんたちと行くときも普通に上手いからつまらないって言われるし」
「ちっ。これだから陽キャどもは」
「あれ? なんでキレてるの?」
「へいへい。あたしは所詮カラオケも行けない陰キャですよー」
「もしかして、嫉妬してる?」
「いやこれは嫉妬じゃない。殺意だ」
「なんで⁉」
このリア充め、とアマガミさんに舌打ちされた。
「ボッチはあだ名が陰キャのくせに行動が陽キャなのはなんでだ?」
「急にめっちゃ罵ってくるね。べつに自分が陽キャだとは思ってないよ。僕は少しばかり友達に恵まれたただの凡人だよ。趣味だって平凡でしょ」
「ゲームに漫画にラノベとオタク趣味だもんな」
「ね。普通の男子高校生と何ら変わらないでしょ」
「それはちげぇな。普通の男子高校生だったらヤンキーに関わろうとしねぇ」
「あはは。それは一理あるかも」
でも、それはつまり、
「僕が本当に普通の男子高校生だったら、アマガミさんと今のような関係は築けなかったということだよね」
「後悔してんのか」
「まさか。アマガミさんと仲良くなれてとても光栄だよ」
ストレートに胸の内を吐露すれば、アマガミさんは「お、おぉぅ」と照れた。
「そういう意味なら、普通じゃなくて良かったな」
「はっ。なんだそれ。ボッチはやっぱ変わってんな」
アマガミさんは失笑する。
「あたしと一緒にいて。こんな往来で何の恥じらいも手なんか繋いできやがって。お前は本当に変わってやがる」
「アマガミさんと一緒にいて楽しいことばかりだし。こうして手を繋いでるのもアマガミさんと離れたくないからだよ」
「やめろぉ! んな照れることこんなとこで言うなぁ! 恥ずか死ぬ!」
「もっと一緒にいたいから死なないでください」
懇願すれば、アマガミさんはついにカハッ!と吐血してしまった。
そしてその場によろめきながら、
「も、もう無理。これ以上は心臓がもたねぇ」
「今のはアマガミさんから仕掛けてきたんじゃん」
「何も仕掛けてなんかねぇけど⁉」
「え? さっきのって僕がアマガミさんのことをどう思ってるか知りたくて言ったんじゃないの?」
「全然ちげぇけど⁉」
「なんだ。残念」
やっぱボッチといるとめっちゃ疲れる、とアマガミさんは大仰にため息を吐く。
「あはは。ちょっと振り回しすぎたかな」
「全くだ。少しは手加減しろ」
「まさかあのアマガミさんから手加減しろと言われるとは」
「本当だよ、たくっ。あたしをこんな風にできるのなんかボッチだけなんだからな」
「ふふっ。誉め言葉として受け取っておくね」
「くっそ。ボッチに勝てる気がしねぇ」
悔しそうに舌打ちするアマガミさんに、僕は満足げに微笑みを浮かべる。
――僕はずっとアマガミさんに負けてるけどね。
けど、そんなこと言ったら、アマガミさんは「ありえねぇ」って鼻で笑うんだろうな。
でもそれは、紛れもない事実で。
キミを好きになった時点で、僕はずっとキミに負けているんだ。
「……なんだぁ。そのムカつく顔は」
「ムカつく顔ってどんな顔?」
「今のお前、めっちゃニヤニヤしてる。何か悪いこと考えてんだろ」
「心外だなぁ。僕はただアマガミさんが今日も可愛いなぁと思って見つめてただけなのに」
「お前はまたっ……はぁ。もういい。何も聞かん」
呆れてため息を落として、キミは歩き出す。それにつられるように、僕も足並みを揃えて歩き始めた。
「さ。次はどこ行こうか」
「どこでもいいよ。ボッチとなら、どこでも」
「じゃあコスプレできる所にでも……」
「それだけは死んでも勘弁だっ!」
一歩。一歩。踏みしめる足が、軽い。まるで宙にでも浮いてる気分だ。
この心地よさは、いつまでも続く。キミが僕の傍にいてくれる限り。
文化祭が終わるまで、あと一時間――。
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