第154話 『 浮上。月明りの下で 』

 すっかり暗くなった廊下を、俺と琉莉は静かに歩いていた。


「念の為言っておくけど、私はべつに海斗のことは好きじゃないよ」

「ぐっ! 傷つくことをさらっと言いやがって」

「変に勘違いされても困るからね。それに私は失恋した身。糖分は誰とも恋する気はないよ」

「分かってるよそんなこと。お前の顔見れば好かれてないって嫌でも分かるから」


 ため息と同時に肩を落とせば、琉莉は何故か不服そうに口を尖らせていた。


「海斗はそう思ってるみたいだけど、それは誤謬があるね」

「え?」

「私、海斗のこと嫌いなんて一言も言ってないんだけど?」

「――――」


 琉莉の発言に思わず足が止まり、俺はぱちぱちと目を瞬かせる。


「嫌いじゃないって……だって俺、琉莉のこと裏切って……」

「それはもう十年前の話でしょ。あの時はお互いまだ子どもだったし、自分も無知だったって反省してるから。優れた小説が時間と共に忘れされていくように、思い出もまた風化していく。私はもうあの時のことなんて全く気にしてないよ」

「で、でも怒ってたじゃんか」

「気にしてないけど苛立ちはあったよ。当然でしょ。勝手に約束を反故したくせに、また好き勝手人を振り回そうとしたんだから」

「……ごめん」

「謝るな。怒ってない」

「痛いっ痛いっ! 爪食い込んでる! やっぱ怒ってるじゃんか!」

「しつこい幼馴染は嫌われるよ」


 ジト目を向けてくる琉莉が俺の頬を容赦なく抓んでくる。

 涙で白旗を挙げる俺に、琉莉はやれやれとため息を落としてパッと手を離した。


「これで二日間私を連れ回したことはチャラにしてあげる」

「いてて……寛大なお慈悲ありがとうございます」


 ふんっ、と腕を組む琉莉。俺は赤くなった頬をさすりながら彼女に苦笑を向ける。


「はぁ。言わなくてもいいかなと思ったけど、どうやらこれも言った方がよさそうだな」

「琉莉?」


 独り言を呟く琉莉に小首を傾げると、片方だけ開いた紺碧の瞳が俺を見つめながらこう告げた。


「一回しか言わないからよく聞いてね」

「お、おう」


 一拍、息継ぎの時間が置かれて、


「――海斗と一緒に文化祭回ったの、思いのほか楽しかったよ」

「――――」

「むぅ。幼馴染が高評価をあげたんだ。なら、受け取った側もなにか一言くらい感想くれてもいいんじゃないかな?」

「あ、あぁ。そうだな。その、今気が動転してて。ちょっと待ってくれるか」

「? べつにいいけど……」


 少しだけ赤く染まった頬が、俺に返答を求めてくる。

 初めて見た琉莉のそんな表情と、自分が欲しくて止まなかった言葉をくれた彼女に、俺はこれまで味わったことのない感慨に覚える。


 ……ほんと、単純だな俺は。


 まだ彼女から智景の影を拭いされたわけじゃない。

 まだ彼女に好かれてもいない。

 それだというのに、今俺は報われた気持ちでいっぱいで。

 そんな気持ちを、ありのまま琉莉に伝えたかった。


「俺も、楽しかった。琉莉と一緒に文化祭回れて、嬉しかった」


 真っ直ぐに気持ちを吐露すれば、琉莉ははっと失笑。


「ほんと、海斗は変わってるね。私と一緒に回って楽しいなんて感想が出るなんて」

「好きな人と一緒に文化祭回れたんだ。それ以上に望むことなんて何もないだろ」

「すっ……好意を伝えてくれるのは嬉しいけど、もう少しオブラートに包んでくれないかな」


 琉莉の要求に、俺はふるふると首を横に振った。

 目を丸くする彼女に、俺は微笑を浮べて、


「嫌だよ。これからは、ちゃんと琉莉に伝える。こればかりは譲れないし、遠慮したくない」

「め、めいわくっ!」

「我慢してくれよ。知って欲しいんだ。俺が琉莉のことを本気で好きだって」

「も、もう伝わってるから。分かったから。だから遠慮して」


 琉莉が俺の前で狼狽する。照れていると分かって、それが堪らなく嬉しかった。

 なぁ、琉莉。

 これからはもっと、色々な表情を俺に見せてくれ。俺も琉莉の色んな表情を引き出せるように頑張るからさ。

 そしてお前がいつか、俺に本当の笑顔を魅せてくれるまで、俺はお前に尽くすから。

 もう、決して離れないから。


「琉莉」

「な、なに?」

「これからよろしく」

「――うん。こっちこそ、よろしく」


 手を差し出せば、琉莉はその手を拒絶することなくそっと触れてくれた。それはまるで、琉莉が俺を受け入れてくれたかのように。

 向けられた微笑みが、俺を受け入れてくれた何よりの証明で。

 それは同時に。

 深海に住む少女の孤独の終わりでもあった――。






【あとがき】

これにて文化祭・幼馴染編は完結です。

少しでも読者様の胸に「この幼馴染コンビいいな」と思って頂けたら幸いです。

過去の決別とこれから歩む未来。ようやく独りぼっちの琉莉の手を握り、寄り添うことができた海斗。

これから少しずつ距離が縮まっていく幼馴染コンビにご注目ください。琉莉の可愛いシーンももっと増えていきます。


そして次話から皆様お待ちかね――ボッチとアマガミさんの回です。

ボッチとアマガミさんの恋の行く末。一年生・文化祭編クライマックス、どうかお見逃しなく!!

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