第150話 『 回想――深海を望む者 』
この二日間。私はずっと奇妙な感覚に陥っていた。
どうして私の幼馴染は、私の手を決して離しはしないのだろう。
実際に手を繋でいる訳じゃない。彼はこの文化祭で、一度たりともそういったアクションを見せることはなかった。
私に触れるのが嫌――違う。彼は私を慮るが故に安易に触れようとしてこない。無意識に触れようとする手も直前で止まる。きっと、彼の心は葛藤で満ちているのだろう。
苦しいなら離れればいいのに。そっちの方が楽でしょ。
私はべつに独りでも平気。彼にも何度もそう言ってる。
けれど、彼は私に歩み寄ることを止めず、心の距離を保ったまま無遠慮に近づこうとはせず、慎重に、それこそ間違いはないか一つ一つ石橋を叩いて渡るように私との間にある距離を縮めてきた。
同時に悟る。彼は、おそらく私から信用を勝ち獲りたいのだと。
なぜそこまで私からの信用を勝ち獲ることに執着しているかは分からない。それでも明確に判るのは、彼がその為に努力し尽力しているということ。
私には彼のその姿がまるで、長年空いた溝を懸命に埋めているようにみえた。
「(無理なんかしなくていいのに)」
私たちは幼馴染だけれど、家が隣同士で会おうと思えばすぐに会えるけど、けれど高校生になるまで殆ど関わりを持つことはなかった。
否、少しだけ誤謬がある。
厳密に言えば私と海斗は、幼少期の頃、数年ではあるが仲が良かった時期がある。
けれどある出来事を境に少しずつ会話が減っていき、顔を合わせる機会が減っていき、やがて殆ど関わらなくなった。
彼はそのことを覚えていない。
当時の私は彼と話せなくなったことがすごく辛くて独り大泣きしたけど、今はもう微塵も気にしていない。
あぁ、ひょっとしたらあの時からなのかな。
私が感情を表出さないようになって、友達という存在を欲しなくなったのは。
それならばなるほど、つまりあの出来事は私にとってのトラウマというやつなのか。
――それを作った相手と、私は今、もう一度関係を築こうとしているのか。
彼は覚えていないのだから仕方がない。
彼は私より大勢の友達を選んだのだから仕方がない。子どもが一人の友達といるよりたくさんの友達を選ぶのは必然のこと。
彼は私との約束を反故して、裏切って、独りぼっちにした。
それも、所詮は子ども同士の約束で責任能力などまだないに等しいから仕方がない。
彼は私の下から自分勝手に離れた。
彼は私の下に、また自分勝手な理由で戻ってきた。
「(せっかく忘れてたのに、アンタがまた私に関わったせいで思い出しちゃったじゃん)」
この記憶は、いつの間にか蓋をされていたもの。
それが再び開かれて、胸には怒りと悔恨。嫌悪と苛立ちが沸き上がってくる。
沸騰することはないけれど、マグマのようにふつふつと煮え滾り続けている。
また離れるくらいなら、最初から近づいてこないでよ。
奪わないで。
私から、初恋を〝二度〟も奪わないで。
もう、苦しい思いはたくさん。
心地よさなんて、私に感じさせないでよ。
裏切られたくない。痛い思いは嫌だ。
だから私は静かに幼馴染を拒絶しようとしたのに――、
「――お前が好きだよ」
幼馴染は――海斗は、まるで私以外は要らないとでも言いうような瞳を真っ直ぐに向けながらそう告げた――。
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