第149話 『 7センチの距離 』

「おっとそうだ。忘れてた」


 昼食を終え、再び文化祭を回り始めた俺と琉莉。

 その最中、俺はふとある事を思い出して立ち止まった。


「なぁ琉莉。行きたい所あるんだけど」

「いいよ。私は海斗に付き添ってるだけだし。好きな所に行きなよ」

「……もう少し自己主張強めでもいいんだぞ?」

「じゃあ帰りたい」


 あ、これわりと本気だ。顔がすげぇことになってる。


「提案した俺が悪かったよ」と苦笑しながら謝りつつ、

「なら遊李のクラスのとこ行こう」

「遊李……あぁ。草摩くんか。相変わらず仲いいんだねキミら」


 いいよ、と特に不満げなく頷いた琉莉に感謝して、俺たちは遊李と誠二のクラスである5組の教室へ向かった。


「そういえば海斗は軽音部のライブ観に行かないの?」

「三時から公演するやつだっけ。べつに知り合いが出るって訳でもないし、行ってもなぁ」

「へぇ。意外。海斗がいかにも好きそうなものだと思ったのに」

「お前、俺を一体何だと思ってるんだよ。……そりゃ音楽は好きだし、ライブも何回か行ったことあるけど、今はお前がいるんだから人混みにまみれる所に連れていくような真似はしねぇよ」

「…………」

「琉莉?」


 ふいにその場に立ち止まった琉莉に、俺は眉根を寄せた。

 小首を傾げながら名前を呼ぶと、琉莉は戸惑いをはらんだ瞳を俺に向けて、


「私のこと、気遣ってくれてるんだ」

「? 当たり前だろ。二人で回ってるんだから、二人で楽しまないと意味ねぇだろ」

「そ、そう」


 あ。

 これは、分かる。

 いや、こんなの、誰でも分かる。

 ほんのりと朱くなった頬。

 行き場を求めて彷徨う視線。

 何かを誤魔化すように前髪を掻き分ける仕草。

 今、琉莉は――照れている。

 俺としてはどこにそんな起爆剤があったのかは先のやり取りを一言一句振り返ってみても皆目見当もつかなかったが、ただ確かに俺の言葉で琉莉が照れたというのは分かって。


「……琉莉」

「な、なに」

「ひょっとして、照れてる?」

「は、はぁ。何言ってるの。べつに照れてなんかないし」


 これほど慌てる琉莉を初めて見た。

 いつも退屈そうな表情を浮かべていて。いつも俺にはどこか距離を置いたように接していて。いつも誰に対しても淡泊で冷淡な幼馴染が――照れている。

 それは、俺にとっては感慨以外の何もなくて。


「はは。可愛い」

「んなっ⁉ ……か、可愛くないしっ!」


 思わずぽろっと出た本音に、琉莉は双眸を鋭くして俺を睨んできた。その瞳が羞恥心で潤んでいて、それが余計に彼女を可愛いと思わせてしまう。


「そ、草摩くんたちの教室に行くんでしょ。早く行こうよ」

「はいはい。行きますよー」


 今の自分の顔を見られたくないのだろう。琉莉は急ぎ足で歩き始める。

 墓穴を掘らないようにと必死に振舞う姿で結局墓穴を掘ってしまっていることに気付かないなんて琉莉らしくない。けれど、そんな彼女がたまらなく愛しくて。

 今日。また彼女の新しい一面を知り、そしてまた一段彼女に惹かれていった。


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