第148話 『 10センチの距離 』
「とりあえずまずは昼飯にすっか」
「いいんじゃない。まだお昼時というのが懸念材料とはいえ、私もお腹空いた」
琉莉からの承諾も得たことで、俺たちはまず昼食を優先することにした。
とはいえ文化祭なんて在学生にとっては年に一度のビックイベントだ。在校生と来場者でごった返す校内の休憩フロアはどこも満席。食堂なんてもってのほかで、俺たちは中庭のベンチで食べることを余儀なくされた。
「まったく。これだから学校行事は嫌いなんだよ」
「そう拗ねんなって」
「いいや。こればかりは憤りざるを得ないね。席を座る場所も限定された上に静かな場所もない。私はここの在学生。なら在学生の優先席くらい設けたっていいじゃないか」
「はいはい。そういうのは生徒会とか先生に意見しような」
ぷりぷりと怒る琉莉を適当に宥めつつ、俺はビニール袋を広げておく。その中にはテーブル席を勝ち獲れなかった俺たちがベンチで食べる為に買った昼食が入っている。
「しばらくすれば落ち着くと思うから、その時にまた色々食おうぜ」
「そんなに食べる気はないんだけど?」
「お前見かけ通り小食だもんな」
だから全体的に細いんだよ、と言えば、うるさい、と拗ねた声が返ってくる。
「昼、それだけで足りるか?」
琉莉が昼食用に買ったものは何の変哲もないサンドイッチだった。買った模擬店では他にもメニュー(いかにも学生が考案したようなものも)があったが、当然琉莉はそんな勇気が必要なものを選ぶはずもなく、レタスとチーズ、ハムが入ったオーソドックスなものを選んだ。
ちなみに、俺は食堂で販売されていた限定メニューの特製豚丼にした。
「私はこの量で十分」
「本当か? 無理してないか? 痩せ我慢は体に良くないぞ」
「出た海斗のお節介ムーブ。どうして私が痩せ我慢なんかするのさ」
「そ、そうだよな。悪い。人混み連れ回したせいで体調悪くなったのかと……」
「たしかに人混みは苦手だし人も苦手だけど、その程度で体調を崩すほど私は引きこもり極めてない」
「だ、だよな」
「しかも最近はどこかの誰かさんに放課後連れ回されてるから、否応なく体力もついたしね」
「なんかずっと自分勝手ですいませんでした――――っ!」
怒涛の叱責に、耐えられなくなった俺はその場で琉莉に土下座した。
改まって言及されると俺がしてることって琉莉からすればストレスでしかねぇじゃん。
好きでもない男に連れ回されるとか、俺が女だったら即縁を切るレベルだ。一生既読無視、いや連絡先削除まである。
全力土下座する俺に、琉莉はやれやれと肩を落とすと、
「人が大勢見てる前で土下座なんてしないでくれるかな。修羅場だと思われるでしょ」
「は、はい。すぐに座ります」
「それと、嫌じゃないから」
「――ぇ?」
一瞬何を言われたのか理解できずに呆ける俺に、琉莉は「だから」ともう一度言った。
「海斗に連れ回されるの、嫌いじゃないよ」
「――――」
琉莉――
「……まぁ、実際連れ回されるのは疲れるし面倒だと思う日も少なくはないけどね」
「男心弄ぶなよ!」
「うわっ。びっくりした。急に大声出さないでくれる?」
「いや、だって。お前ぇぇ」
「?」
悶える俺を琉莉は小首を傾げて見つめてくる。あ、俺今琉莉に異常者だと思わてるな。
でもさ、そんなこと言われたら男だって誰だって浮かれるに決まってるだろ。それに他意なんてなくとも、少なくとも俺にとってはどんな称賛よりも価値があるものなんだ。
ちっくしょぉ。男心を弄びやがって、この女はホント魔性の女だな!
……それでも、好きってことに変わりはないんだけどさ。
ほんと、琉莉といる時間が増えるほど、琉莉のことで頭がいっぱいになっていく。
「まぁ、嫌いじゃないって点については嘘じゃないけどね。好きじゃないって言うのも本音だけど」
「なんだよそれ。それってつまり、可もなく不可もなくってことじゃねえか」
「そうだね。海斗といるのは気楽だ。素の自分でいられるから」
「お前は誰と関わっても素な気がするぞ?」
「不愛想で悪かったね。これでもクラスメイトと関わる時は二割くらい声音上げてるんだけど」
「二割は大して気合入れてねぇよ」
苦笑する俺を見て、琉莉もまたくすくすと笑う。
気楽ね。
高揚もなければ沈むこともない。俺と関わっても一喜一憂などないと言われている。
やっぱ単純だな俺は。
そんな評価に喜んでるんだから。
無論俺のことを意識して欲しいとは変わらず願っているし、そうなれるよう努力している。
けれど、今はそれで充分だ。
「……まぁ、あれだな。それはつまり、これからもお前の隣にいても平気ってことだよな?」
「過度に絡まれると私も警戒するけど、海斗はそんなことしないって知ってるからね。いいよべつに。海斗が満足するまで私の隣にいて」
「言ったな? その言葉忘れんなよ?」
「なに急に。すごく怖い。やっぱり前言撤回。必要な時以外近づかないで」
「冗談だって……だからあの、俺から離れるの止めてもらっていいですか?」
必死で懇願すれば、琉莉はやれやれと肩を落としながら距離を戻してくれた。
「はぁ。この会話疲れた。早くご飯食べようよ」
「だな。俺もめっちゃ腹減ってるんだった」
そろそろ無駄話も終わりにして、二人で昼飯を食べ始める。
「うおっ。この豚丼超うめぇ! そっちは?」
「普通だよ。コンビニのサンドイッチの方が美味しいね」
「お前は相変わらず皮肉屋だな。なら俺のと交換するか?」
「海斗の食べかけと? 死んでも御免だよ」
「どんだけ俺のこと嫌いだ! ちげえよ! まだ手付けてねぇこっちのほうだよ!」
「そんなに食べられないからいいや。あと、豚丼も食べてホットドッグも食べるって、海斗の胃はどうなってるの? 化け物なの? 私は見ただけで胃もたれを起こしそうだよ」
「成長期の男の子はこれくらいが適正なんですぅ」
無駄話が一つ終わって。そしてまた、何の他愛もない会話が始まる。
一つ。また一つ。幼馴染との思い出が増えていく。
それと同時に。
前よりも少しだけ、彼女との距離が縮まったような気がした。
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