第147話 『 15センチの距離 』

「悪い。着替えるのに手間取って遅れちまった」

「いいよ。それほど待ってないから」


 午前組としての仕事が終わり、午後の部組にお化け役の引き継ぎした後、俺は急いで着替えて琉莉と合流した。


「お疲れ」

「ん。そっちこそお疲れさん」


 まずは軽く互いの健闘を労いながら、会話を続ける。


「結構評判いいみたいだよ、私のたちの出し物。退出していったお客さんが「怖かったね」って言ってた」

「なんで他人事みたいに言ってんだよ。自分のクラスが評価されてるんだから、そこはもう少し喜べよ」

「実際私は受付係としてお客さんを流してただけだから他人事みたいなものだよ。皆ほど準備に積極的に参加してたわけじゃないしね。感慨深さは低いかな」

「お前はこういう時でも卑屈だな」

「こういう性格だからね」


 反省するどころか開き直りやがった。


「そういう開き直って独りでいようとするの、お前の悪い癖だぞ」

「直す気がないもん。人と関わっても疲れるだけだし、それにお化け役なんて絶対無理。受付係で正解だったよ」

「いつもやってるからか?」

「いつもやってるわけじゃない。図書委員の当番が回って来るのは二ヵ月一度だけ。まぁ、慣れているかそうでないかで言えば、前者ではあるかもね」

「慣れないことに挑戦すんのも面白いと思うけどな」

「恥をかくのは御免だよ」

「失敗すんの前提なのかよ」

「慣れないことに戸惑ったり失敗したりするのは必然でしょ。最初から何でも上手にできる人間なんていない。それに私は器用じゃないからね。石橋は叩きながら渡りたいんだよ」


 要は自分は慎重なんだと言いたいらしい。相変わらず遠回しに伝えてくるなコイツは。

 でも琉莉の言いたいことは分かるし、その考えには俺も賛同する。が、


「せっかくの文化祭なんだから自分らしくないことしてみればよかったのに」

「いかにも陽キャな思考だ。虫唾が走るから三十秒ほど私に近づかないでくれるかな」

「お前どんだけ俺嫌いなんだよ⁉」


 本気で顔をしかめる琉莉に俺は思わず涙目になっちまった。


「べつに海斗が嫌いなんじゃない。その思考回路が嫌いなの」

「じゃあ俺のこと嫌いだよ! その思考回路の主は俺なんだから!」

「はぁ。私は今から陽キャと文化祭回るのか。明日体調崩さないといいけど」

「体調に影響及ぼすレベルで陽キャ嫌いなのかよ⁉」


 嘆息する琉莉に、俺はがっくしと肩を落とす。

 流石に明日休まれると困るし、琉莉の体調に影響をきたしてまで一緒に行動したいとは思わない。

 やはり琉莉を自由にさせるべきか――眉間に深い皺を寄せる俺の耳に、ふと笑い声が聞こえた。

 その声につられるままに俯く顔を上げると、何故か琉莉が可笑しそうに笑っていて。


「まさか本気で考え込むなんてね。冗談なのに」

「――なっ」

「私が本気で海斗のこと嫌いだったら、とっくに海斗の誘いは断ってるよ」


 ――それはズルい。


 そんなこと言われたら、嬉しくて顔がにやけちまうだろうが。

 不意打ちを喰らって感情がごちゃごちゃになる。ダメだ。琉莉の顔が見れない。

 たぶん真っ赤になった顔を、琉莉は不思議そうに双眸を細めて覗いてくる。


「海斗? どうしたの急に顔隠して? あ、ごめん。もしかして揶揄いすぎて泣かせちゃったかな?」

「高校生がこんなことで泣く訳ねぇだろ。泣いてないけど、今はそっとしておいてくれ」


 好きでもないけど、嫌いでもない。やはり俺はまだ、琉莉に特別だと思われていない。

 でも、少なくとも誘いを受け入れるくらいには俺と共にいてもいいと思ってくれている。琉莉にそう思われていることが、無性に嬉しかった。

 はぁ。まだまだな。

 こんなのは、始まりの一歩にしか過ぎないのに。

 でもその一歩が、次の一歩を歩みださせる勇気をくれて。


「うしっ。もう大丈夫だ」

「本当に? なんか顔少し赤い気がするんだけど?」

「そうか? いつもこんな感じだろ」

「それだと海斗は常に熱があることになるんだけど……ま、海斗が平気っていうならいいか」


 それは俺を信頼しているか興味ないのかは気になる所だが、追求されるのも困るのでとりあええず曖昧な笑みを浮かべてその場は凌いだ。

 それから気持ちを切り替えて、


「さ。早く行こうぜ。せっかくの文化祭なのに話すだけで終わっちまうのは勿体ないからな」

「まだ時間は十分にあるからそう急ぐことはないでしょ」


 急ぐさ。だってお前と文化祭を楽しめるんだぞ。

 俺たちの今後はどうであれ、まずはこの一大行事を楽しまないとな。

 ゆっくりと歩き出す俺の後に続くように、琉莉も歩き出す。

 ただの幼馴染同士の俺たちは、手を繋ぎながら歩く、なんて甘い青春は訪れはしない。


 それでも彼女との15センチの距離間が、途方もなく愛しく感じだ。


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