第146話 『 奢ってやるから一緒に回れ 』

 ――智景と天刈が手を繋ぎながら歩いて行く姿を、少女は寂しげ気な瞳で見つめていた。


「…………」

「おい。ボーっとしてないでさっさと準備すんぞ」

「分かってるよ」


 そんな視線を強制的に遮断するように俺は少女――琉莉の顔の前で手を振った。

 ハッと我に返った琉莉は素っ気なく返事して踵を返す。


「約束。忘れてねぇよな」

「午後から一緒に回るんでしょ。面倒だけど付き合ってあげる」

「……なんつぅ上から目線。俺が誘わなきゃボッチだったくせに」

「私は一人で十分だって何度も言ってる。海斗が勝手に私にお節介焼いてるだけでしょ」

「お節介で悪かったな」

「本当にね」

「……可愛くねぇ」


 琉莉はやれやれとため息を落とす。コイツ、本気でそう思ってやがるな。

 本気で嫌がるなら俺だって無理に連れ回そうとはしねぇよ。でも、この誘いを受け入れたってことは、多少なりともあるんじゃないのか。

 誰かと一緒にいたい――そんな願望が。

 だから俺は、お前を連れ回すんだ。

 いつか本音を俺に見せてくれる、その時まで。


「……受付」

「? なに?」

「……受付、頑張ったら、午後に何か奢ってやる」

「…………」


 ぽつりと、少し照れ臭さげに呟けば、琉莉は頬の赤い俺をぱちぱちと目を瞬かせながら見つめてきた。

 そのあと、ぷっと笑い声が聞こえた。


「何それ。カレシ面?」

「う、うるせえな! たまにはいいだろ、たまにはっ!」


 慣れないことをした俺に琉莉は嘲笑。そんな幼馴染の反応のせいで俺は余計に恥ずかしくなって、顔から火が出たと思うほど真っ赤にしてしまう

 それから琉莉はひとしきり笑ったあと、


「……ま。たしかにたまにはアリかもね。それじゃあ、午後は全部海斗の奢りで」

「おい待て! なんでさらりとたかろうとしてんだ⁉ 普通に一つだけ……いやそれは流石に少ないか。み、三つくらいなら奢れる!」

「えぇ、三つ? じゃあやっぱり海斗とは一緒に回らなーい」

「だぁぁぁぁもう! 分かったよ! 全部奢ればいいんだろ⁉」

「ふふっ。それなら一緒に回ってあげる」


 涙目の俺を見て、琉莉は満足げに微笑む

 さよなら財布。グッバイお小遣い。

 ……でもまぁ、その対価で琉莉と一緒に回れるなら、安いもんか。……安いか?


「奢ってやるから。絶対に一緒に回れよ」

「私は約束を反故することはないから安心しなよ」

「あと、受付の仕事ちゃんとやれよ」

「それは保証しかねる」


 そこは自信ねぇのかよ。

 俺は思わず笑ってしまった。


「じゃ、お互い仕事頑張――」

「? どうしたの海斗?」

「……いや。なんでない」


 ぎこちなくそう返した俺を、琉莉が怪訝に思わないはずがなかった。

 琉莉は無言のまましばらく俺をジッと見つめて、けれど追求することはなく「そう」とだけ息を吐いて視線を外した。


「それじゃあ私は受付席に行くね」

「あぁ。真面目にやれよ」

「海斗こそ。お化け役ちゃんとやりなよ」

「わーってるよ。皆怖がらせてやるから期待しとけ」


 そんなやり取りをして、俺たちはそれぞれの持ち場へ向かう為に離れていく。

 そして一人になってから、俺はさっき無意識に動いた右手に視線を落とした。


「……まだそんな関係になってもねぇだろ、バカが」


 自分の能天気ぶりに強く舌打ちする。

 さっき。この右手は、琉莉の頭を撫でようとした。

 帆織智景が天刈愛美にしたことを――自分も琉莉とあの二人のようになれると一瞬でも勘違いした俺は、分不相応にも程がある行いをしようとした。

 それは図々しいにもほどがあんだろ。

 まだ、俺は琉莉に気軽に触れられるほど信用を得ていない。

 信用を得る為にこの文化祭を利用しているのに、危うくその前に決意と努力が水泡に帰すところだった。


「気をつけねぇとな」


 深く息を吐いて、気持ちを切り替える。

 文化祭は始まったばかりだ。まだまだ先は長い。

 俺の心臓はきっと、歓喜と悔悟でぐちゃぐちゃになる。二日持ってくれることを願うばかりだが、終わった頃には疲弊しきってるだろうな。

 それでも。俺はやり遂げると決めたから。


「うし。お化け役頑張ろっ」


 両脇を引き締めて、俺は暗闇へ向かって歩き出した。





【あとがき】

前話で光の方へ向かって歩き出す二人とは対照的に今話の海斗は暗闇の方に進んでいます。これは着々と大勢の人たちよりも一人でいる琉莉の下へと向かっている、或いは近づいている証拠ですね。

そして、この文化祭で『何もなかった』はずの海斗と琉莉の過去が明らかになります。

お楽しみにっ。

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