第143話 『 幼馴染と幼馴染 』

 幼馴染の事が全く理解できない。

 しつこく私に絡んできて、何故かいつも隣に居ようとする。


「……何がしたいんだよ、海斗は」


 私は、独りがいい。

 私は、独りでいい。


 そう言ってるのに、海斗は私を孤独にさせようとはしない。


 一体何のために?


 海斗にとって何のメリットがあって、私に固執しようとするの?


 分からない。


 手なんか繋ぎたくない。

 自分の手を見つめる――誰にも干渉しようとしない、独りよがりの寂しい手。

 お願いだから、私をそっちへ行かせようとしないで。

 暗い深海は、私にとって安寧の場所。何人たりとも受け入れはしない聖域。

 そこで私は、独りで妄想に耽る。

 誰も近づけさせない。触れさせはしない――なのに、今その聖域が一人の男の子に侵されようとしている。

 来ないでと拒んでも、彼は私の願いを聞かず強引にこじ開けようとしてくる。

 彼とは正反対もいいところ。そいうところが煩わしくて鬱陶しい――でも、少しだけ、この閉ざされ切った心はほんのわずかに、その強引な手に期待を寄せている。それは泡ほど脆く淡い幻想にしか過ぎないのに。


 彼が分からない。

 自分も分からない。


 何もかもぐちゃぐちゃだ。

 独りでいれば、こんな雑音に惑わされなくて済むのに。


「私は、どうしたらいいの?」


 ――少しずつ、好きな人との愛しく切ない時間が、好きでもない幼馴染によって上書きされていく。



 ***



 俺はもう迷わない。


 幼馴染に――琉莉に、例え嫌われようとも深海の底から引きずりだすと決めた。

 それがお節介であろうとも、不愉快でしかなかろうとも、俺は彼女を独りにはさせない。


 だってお前は、独りで生きていい人間じゃないから。


 べつに大勢の人間に囲まれながら生きろと言ってるわけじゃない。アイツが一人を好むのはとうの昔に理解している。

 俺が言いたいのは、『少なくとも自分を理解してくれそうな奴とは縁を切ろうとするな』だ。

 琉莉は、それさえも断ち切ろうとする。自分が引いた境界線に、それ以上他人を踏み込ませようとしない。


 だから、俺はそれをこじ開ける。


 例え自分が彼女に拒絶されて、忌み嫌われてしまっても――幼馴染という関係さえも失ってしまうとしても。俺はその境界線を無理矢理踏み込んで、こじ開ける。


 そう決めたんだ。

 ちゃんと、伝えないと。


『お前は独りなんかじゃない』って。


 これはきっと、彼女の幼馴染の俺にしかできないことだと思うから。

 帆織智景には、不可能なことだと思うから。

 深海に引き籠って空想に耽る眠り姫を叩き起こす役割は、王子様じゃなくその親友。

 なんとも場違いで、盛り上がりに欠けそうな物語ストーリーだ。でも、それでいい。

 あの空想主義のお姫様には、ここはご都合主義の空想世界じゃなく理不尽だらけの現実世界だと叩きつけてやるには丁度いい。

 それを損な役割だと思っていない自分に我ながら呆れる。

 ……損な訳がない。


「お前が俺を見てくれるなら、俺は何だっていい」


 瞼を閉じれば、決戦が始まる。嫌に目が醒めて、意識が深海へと落ちるにはもう暫く時間が掛かりそうだった。

 明日から、およそ二日。

 そこで俺と幼馴染の曖昧な関係が終わる。

 そして、全てが白紙になるか、はたまたそこから新たな一ページが綴られるかは、神のみぞ知る未来だ――。

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