第141話 『 決戦の日はもう間もなく 』

 ――文化祭を前日に控えた、その日の放課後。


「あ、海斗くん」

「智景」


 昇降口で海斗くんとばったりと鉢合わせた僕。


「奇遇だね。今から帰り?」

「あぁ。その様子だと智景もっぽいな」


 うん、と頷くと、海斗くんは「なら途中まで一緒に帰ろうぜ」と靴を履きながら誘ってきた。

 僕はそれに喜んでと快諾すると、少し急ぐように靴を履いた。


「つーか、珍しいな。今日は天刈と一緒に帰らなかったのか」


 校舎を出て暫く歩くと海斗くんがそう訊ねてきて、僕はこくりと首肯した。


「うん。アマガミさん。今日はクラスの女子たちにファミレスに誘われて、そっちに行ったから」

「あー。そういやそういう話を聞いてた気がする。琉莉と一緒にいたからあんまし詳しくは知らんが」

「あはは。誘われた、というより、僕が説得してる所に白縫さんが来て、それから半ば強引に連行された感じだったけどね」

「ふーん。ほんと白縫、天刈のこと大好きだな」

「もしかしたら僕以上にアマガミさんのこと好きかもね」

「それはねぇだろ」


 半分冗談で言えば、海斗くんは苦笑をこぼした。


「何はともかく、か。あの天刈がお前以外とファミレスに行くとか、明日は雨かもな」

「止めてよ縁起悪い。これはアマガミさんが頑張って皆と交流しようとした結果だよ。それは素直に認めるべきだし、褒めてあげるべきだ」

「悪い悪い。にしても、智景はやっぱ天刈に甘いな」

「好きな人だからねぇ。そりゃつい甘やかしたくもなるよ」

「そこで躊躇わず好意を晒せるのは智景の美徳だよな」


海斗くんは感服したような、辟易とした風な嘆息をこぼした。


「そういえば、そっちこそどうなの? 今日は水野さんと一緒に帰らなかったんだ?」


 と聞くと、海斗くんは苦笑いを浮かべて、


「あぁ。あの野郎。今日は俺が目を離した隙に帰りやがった。たぶん、自分も天刈同様に女子の決起集会に参加させられそうだと察知したんだろうな」

「あはは。水野さんは人と関わるの得意じゃないみたいだしね」

「だとしてもだろ。素直に無理って断ればいいじゃんか」

「人によってはそれも難しい人がいるんだよ。判ってあげて」

「……こういうとこだよな。たぶん」

「海斗くん?」


 今日一番の重いため息を落とした海斗くんに眉根を寄せると、彼は僕に何か言いたげな表情を浮かべながらジッと見つめてきた。

 しかし、


「なんでもねぇよ。気にすんな」

「あうっ」


 言葉を飲み込んだように素っ気なく返された後、海斗くんは僕の頭を乱暴に撫でてきた。

 僕がぐしゃぐしゃになった髪を元に戻していると、


「智景は、順調そうか? 天刈に告白するの」

「あはは。順調も何も、文化祭の時に想いを伝えるだけだから。勿論緊張してはいるけど、上手くいくって信じてるよ」

「自信家だなお前は」

「だってどっちでもいいから。アマガミさんと付き合えようとそうでなかろうと」

「なんだそれ」


 眉尻を下げた海斗くんに、僕は夜空に輝く星たちを見上げながら続けた。


「たとえアマガミさんと付き合えなくとも、関係がぎこちなくなってしまっても、僕は変わらず彼女の味方で在り続ける。彼女が困った時、一番に頼りたいって思える相手が僕であるなら、正直どんな関係でもいいと思ってるんだ」

「一生友達のままでもか?」


 それは智景にとって苦しいことじゃないか、と真剣みを帯びた声音が言及してきた。僕はそれに小さく頷く。


「勿論、苦しいとは思うよ。でも、アマガミさんのことを好きって気持ちも、尊敬してる気持ちも何も変わらない。僕の中の一番は――彼女の隣に居られることだから」


 それが、僕が嘘偽りのない正直な気持ち。

 恋人になれなくとも、アマガミさんの隣に居られれば、僕を必要としてくるなら、それでいいと思ってる。

 無論、恋人として傍に居られるのならそれ以上の幸せはないけれど。

 それを親友に吐露すれば、彼は照れくさく微笑む僕を真っ直ぐに見つめて、ふっと笑った。


「やっぱ、智景はすげぇな」

「え? 僕って凄いかな? 言いようによっては逃げてると思われない?」

「逃げてないだろ。フラれるかもしれないのに告白しようって決めてる時点で男として尊敬せざるを得ないわ。それは、少なくとも俺にはできないことだったから」

「当たって砕けるのも時には大事だからね!」

「好きな子に告白して砕けたら元も子もねぇだろ」


 僕の言葉に唾を吹き出して笑う海斗くん。それに、僕も釣られて笑ってしまった。

 それから、目尻に涙が堪るほど笑った後、


「はー。スッキリした。今日智景と帰れてよかったわ」

「僕の方こそ。海斗くんと話したおかげで改めて気持ちに整理が着いたよ」


 俺も同じ、と海斗くんは微笑を浮かべた。


「――智景」


 不意に、真剣な声音で親友に名前を呼ばれて、僕は自然と背筋を伸ばした。

 真っ直ぐに見つめ合うその瞳には、僕よりも確かに強固で揺るがない決意が宿っていて――。


「俺も、覚悟決めたんだ。だから、お前も頑張れよ」

「――うん。超頑張る。海斗くんも頑張ってね」

「あぁ。当たって砕けてやる」


 突き出された拳に、僕も応じるように拳を突き出した。そして、拳と拳、男と男、親友と親友の約束がここに交わされる。

 お互い、やれること全部やって。

 全身全霊を尽くして。


 そして、この恋心を相手に想いを伝えよう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る