第138話 『 アマガミさんとクラスメイト 』

「写真部から文化祭の様子一枚撮らせてくださーい。いきますよ~。はいち~……」

「あぁ?」

「うひぃ⁉ ずびばせんでしたぁ⁉」


 文化祭の準備中。カメラを構えた写真部のクラスメイトが僕らを写真に収めようとするも、眉間に皺を寄せて振り返ったアマガミに委縮してしまった。


「こらっ。クラスメイトを威嚇しないの! ちゃんと協力しなさい」

「いやでもよぉ、あたし撮らんの苦手だし……」


 僕が叱責すると、アマガミさんは借りてきた猫のように悄然としてしまった。

 そんな様子を傍らで見ていたクラスメイトは「天刈を叱れるとか絶対ムリ」「いいんちょ伊達じゃねえ」「アイツこそ正真正銘このクラスのボスだろ」と感服していた。……ボスってどういうこと?


「ごめんねぇ。坂本さん。アマガミさん照れ屋だから。写真撮られるの恥ずかしいみたい」

「おいこらっ。誰が照れ屋だっ」

「いはいはい」


 拗ねたアマガミさんに頬を思いっ切り抓られる。

 僕は彼女に頬をぐにぐにされたままクラスメイト――写真部の坂本さんに向き直ると、


「こんな様子でもよければどうぞ」

「委員長メンタル強すぎない? その顔撮っていいの……」

「なるほどなぁ。つまりボッチをこの顔にさせたままでいれば、写真撮られなくて済むのか」

「「鬼畜だね天刈さん⁉」」


 邪悪な笑みを浮かべるアマガミさんに周囲の女子たちがぎょっと目を剥く。


「……二人ってほんと仲いいね」

「えへへ。僕たち親友だからね」

「~~っ! ボッチ! 少し黙れ!」

「これくらいで照れないでよ」

「うるせえ! なんで素面で親友って言い切れるんだよ⁉」

「だって実際親友じゃん!」

「~~っ! ほんとっ、少し黙れ!」


 ボンッ! と顔を真っ赤にしたアマガミさんが猛抗議。力では当然アマガミさんに叶わない僕は、両頬を抓られるがまま呻く。


「しゃべれらいよあまがみひゃん」

「喋らせねぇんだよ⁉ 次変なこと言ったらあたしは帰る!」


 この人は人前だととことんシャイで初心だなぁ。家だとあんなに僕に甘えてくるくせに。

 ……ただ、そろそろ僕も本気で彼女を揶揄うのを止めないと、三途の川に渡りそうだった。


「あの、天刈さん。その辺で手を離してあげないと、ボッチくん死にかけてるよ」

「やっべ力入れ過ぎた⁉ ボッチ顔真っ青だ⁉」

 三途の川に渡る直前にどうにか意識を取り戻し、僕は咳き込みながら注意した。

「ゴホッゴホッ! ……アマガミさん。今度からもうちょっと手加減して。三途の川が見えた」

「それは謝る。……でも、悪いのはボッチだからな。あたしのこと揶揄い過ぎだ」


 むっと拗ねたアマガミさんは、半目で僕のことを睨んでくる。


「あはは。半分本気なんだけどね。せっかくの学校行事なんだし、皆で頑張ってる思い出の一枚くらい欲しいとは思わない?」

「…………」


 諭すように訊ねると、アマガミさんはどう答えるべきか迷っているように視線を彷徨わせる。

 文化祭という行事を経て、少しずつアマガミさんとクラスの皆が打ち解け始めている。

 まだ彼女の事を快く思わない者も恐怖心を抱いている者も少なからずはいる。けれど、


「ね。皆と一緒に写真撮ろうよ」


 両手を広げた先には、アマガミさんが決して悪い人ではなく、少し人と関わるのが苦手で、不器用な子なんだと知ったクラスメイトたちがいた。

 これまでは孤独だった狼がようやく、仲間と広い世界を知り、その温もりを享受する時が来た――僕は、そう思っている。


 もう、アマガミさんは独りじゃない。


 僕が、クラスメイトが、彼女のすぐ傍にいる。

 それを教えるように微笑みを浮かべれば、アマガミさんは諦観したように舌打ちした。


「――くっそ。分かったよ。……一枚だけだからな」

「ふふっ。ありがと」

「なんでボッチが感謝すんだ。たくっ。やっぱお前といると調子狂うな」


 ようやく渋々と頷いた素直じゃない彼女の下に、クラスメイトたちが続々と集まってくる。

 そして、皆が彼女を囲むようにして、


「はいっ! じゃあ撮りまーす! ……3・2・1!」

「「イエーイ!」」

「…………」


 納められた一枚の写真。そこにはピースサインを掲げる僕らと、照れくさげに小さくピースするアマガミさんが映っていた。


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