第137話 『 幼馴染と宣戦布告 』
――意識しなければすぐに視界から消えてしまいそうな少女を、いつからか意識せずに見つけられるようになった。
「琉莉さんや。ちょっと休憩しない?」
「――海斗」
文化祭準備に退屈という二文字を顔に張り付けた幼馴染に、俺は飄々とした口調と缶ジュースを彼女の目の前にぶら下げながら声を掛けた。
「サボってないで手伝いなよ」
「お前より手伝っとるわ。あんま根詰めすぎんなよ。まだ文化祭まで時間あんだから。ゆっくりやってこうぜ」
「…………」
俺の言葉に琉莉は不服そうに口を尖らせる。たぶん、正論を説かれたと思ってるんだろう。
少し拗ねた風な琉莉は、一つ嘆息をこぼすと面倒くさそうに立ち上がった。
「べつに私が休みたいわけじゃないからね」
「はは。分かってるよ」
ツンデレかよ。
琉莉の可愛い反応に思わず吹いてしまいながら、俺は渋々と頷いた彼女を連れて教室を出ていく。
文化祭準備に日を追うごとに活気づいていく校舎にはもはや人気の少ない場所は存在しない。それでもいくつか穴場スポットというものはあるもので、俺と琉莉はそこへ足を運ばせた。
「……人気のない所で女を連れ込むとか、何する気?」
「なんもしねえよ⁉ 休憩って言ったじゃん!」
「それ先っちょだけだからって言ってるようなものだよ」
「いやホント、少しは信用してくれよ。今までだってお前に危害を加えるような事してないだろ」
何故か琉莉に警戒されてしまい、必死に説得を試みる。
慌てふためいた俺を見て何を思ったのかは分からないが、琉莉はまた一つ嘆息をこぼすと「まぁ海斗だしね」と呟いて壁に背を預けた。……俺ヘタレだと思われてんのか。結構傷つくんだけど。
何はともあれ、琉莉とこうして二人きりになることができた。
俺も琉莉と同じように壁に背を預けながら、既に手に持っていた缶のプルタブを開ける。
「今更だけどミルクティーでよかったか?」
「正直に言えば紅茶が良かったけどこれで構わないよ」
「お望みの物じゃなくて悪かったな。今日はそれで我慢してくれ。今度からは紅茶にするよ」
「この学校の自販機は種類が豊富でいいよね。缶の紅茶とペットボトルの紅茶が同時に置いてある高校なんてここくらいなんじゃないかな」
「生徒会がこういうのに力入れたって話だぞ。一昨年の生徒会長が付き合ってるカノジョの要望に応える為に、校長に申請書叩きつけたらしい」
「あはは。何それ。くだらな」
「でもそのおかげで俺らは好きな飲み物飲めるんだぜ?」
「愛の力は他人にも影響を及ぼすって? 猶更くだらないね」
「……お前恋愛嫌いすぎだろ」
琉莉は心底そう思っているように鼻で嘲笑した。相変わらず冷めた女だ。
愛とか、奇跡とか、きっと琉莉は信じてないんだろうな。
いつも幻想世界に引きこもる少女は、何かに盲目になることも、何かに縋ることもないのだろう。
ならば、
「そうだ。一つお前に言っとくわ」
「なに?」
「智景のこと見すぎ」
「――っ。……べつに見てない」
という割には露骨に狼狽えたな。
そんな琉莉に俺は失笑を浮かべ、
「いやいや超見てたから。周りはあんましお前のこと意識してないから気付かないみたいだけど、俺からすればコイツどんだけ智景のこと好きなんだよってくらい何度もチラ見してたぞ」
「……っ。見るのはタダなんだから、べつにいいでしょ。それくらい、好きにさせてよ」
「べつに責めてる訳じゃねえし揶揄ってる訳でもねぇよ。ただ、お前が
なんだか諭すみたいになってしまって、チラッと横を見れば琉莉は痛々し気に頬を引きつらせていた。
視線を足元へ落とした琉莉は、ぽつりと呟いた。
「気付かれようがそうでなかろうが、勝手でしょ」
心の悲鳴を押し殺しかのようにこぼれた声音。
そして紺碧の瞳は俺を糾弾するように睨んで、
「私のことなんか何も知らないくせに、少し一緒にいるからって知った気になってお説教なんてしないで。――そういうの、虫唾が走る」
その瞳に宿っていたのは、一切の余裕もない、本気の軽蔑だった。
そんな視線を俺は真正面から受け止める。
知った気になんか、なってねぇよ。
お前のことなんて、俺はまだ何も知らない。
知りたいけど、琉莉は絶対に俺には教えてくれない。
おそらくは帆織智景なら開示されるであろうその胸の奥底を、俺には一切明かしてはくれない。
――きっと、お前の好きな相手以上にお前の事を知りたいと思っているのに。
そのジレンマを押し殺して、
「だったらもっとお前のこと教えろよ」
「――は?」
琉莉は無理解を示すように素っ頓狂な声を上げた。俺はそれに構わず続ける。
「何も知らないなら何も言うなって言うなら、もっとお前のこと知ったら口出していいんだろ」
「――なっ。そんな自分勝手な解釈私に押し付けないで!」
「自分勝手はどっちだ。ずっと自分の殻に閉じ籠って誰にも心許さないクソエゴイスト女が。少しは寄り添おうとしてる奴に心開けよ!」
「誰がアンタなんかに寄り添うか! これまで私に関わろうともしなかったくせに、今更心許す気なんてないから!」
あぁそうだよ。俺は半年前までお前とろくに関わって来なかった。
家が隣同士なのに。
保育園も小学校も中学校も高校も一緒になのに。
今更になって、お前を好きになって。好きになってもらおうとしてる。
どっちがエゴイストか分からない。
――それでも、俺はお前のことを、帆織智景の何倍も好きだと自負しているから。
だから、俺を嫌がろうとするお前から離れない。
お前から離れたら、ダメなんだ。
心がそう叫ぶ。悲鳴を上げる。
だって俺は、お前を独りになんかさせたくないんだよ!
「これまでは、だ。確かにお前の言う通り、関わろうとはしなかった。でも、これからは違う」
「……何が言いたいの?」
一歩、警戒して足を退いた琉莉に向かって、俺は告げた。
「これからは、俺はもっとお前に関わりにいく。お前にどんだけ嫌がられようが、煙たがられようが、ウザがられようが関係ない」
「それ、ただの悪質な嫌がらせだって分かってる?」
「それは当人の気持ち次第だろ。少なくとも俺は、お前は本気で俺のことを嫌っているとは思えないから」
「――っ」
琉莉がわずかに瞳を見開く。
そうだよな。
お前が俺のこと本気で突き放さそうとしたなら、きっとあの時既に、一緒に帰ってはなかったはずだ。
それだけは、
だから俺は、誓う。
目の前の少女――否、大切で好きな幼馴染に、宣戦布告をする。
「これから覚悟しとけよ。琉莉。俺はお前と関わらなかった時間分、ウザい程絡みにいくからな」
「――――」
その始まりを、この文化祭にして。
「いつまでも海底なんかに独りでいさせねぇからな。俺がお前を海底から引きずり上げて、お前が大嫌いなお天道様を拝ませてやる」
悩んで、悩みまくって、目の下に隈ができるほど真剣に考えて、俺は決めたんだ。
――必ず、水野琉莉から帆織智景という幻想から醒まさせて、幼馴染のことで頭の中を一杯にさせてやると。
それが、俺が幼馴染に突きつけた『宣戦布告』だった。
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