第136話 『 近くにいるから理解できること 』
「珍しいじゃん。海斗が俺だけ放課後呼ぶなんて」
「お前だけにしか話せなくてな」
ある日の放課後。俺は遊李を呼び出してとあるカフェにいた。
「なんか元気ないじゃん。どったの?」
「逆にお前はいつも元気だな」
元気が取り柄だから、と遊李は無邪気に笑いながら返した。
コイツのこういう底抜けに明るい所、ほんと尊敬するわ。
俺は親友に感服しつつ、どっと重たい息を吐きながら本題へ入った。
「お前にちょっと聞きたいことがあってな」
「ほへぇ。海斗が俺だけに相談で聞きたいことねぇ。何を知りたいのかは全然見当つかないけど、いいよ。何でも聞いて」
それじゃあ、と俺はお言葉に甘えて、
「お前ってさ、中学の頃に付き合ってる相手がいたにも関わらず後輩に告白されてたじゃん」
「おぉ。めっちゃ懐い話持ってきたなー。いや、中二とかの頃だからそんな懐くもないか?」
苦笑する遊李に俺はテーブルに突っ伏しながら、
「そん時どう思った?」
「どうって……そりゃ、有難いは有難かったよ。でもちょっとタイミングがなぁ、とも思ったけど」
「やっぱそうだよなぁ」
「あの、ごめん。全く話が見えてこないんだけど? 海斗はつまり何が知りたいわけ?」
困惑する遊李がもっと具体的な説明をしろと求めてくる。
俺は今日何十回目か分からない重たいため息を吐き、
「――俺の好きな奴にさ。好きな相手がいるんだよ」
「へぇ。水野さん好きな人いるんだ」
そういやコイツにはもうとっくに知られてるんだっけ。夏休み遊李を連れて智景の家に行ったのがここで仇になったな。
まぁ、今更知られた所で恥ずかしくもない。というより、羞恥心が襲ってこない。これは相当疲弊してんな俺。はは。
自分の不甲斐なさに自嘲する俺に、遊李が呑気にフラッペを飲みながら訊ねてくる。
「その水野さんが好きな相手って俺の知ってる人? ……あ、もしかしてボッチだったり?」
妙に勘が鋭いのもやめろよマジ。
わずかに頬を強張らせずにはいられず、俺はそんな心情の露呈を親友に隠すようにご明かした。
「ちげぇ。他の奴。でも誰かは言わないし、詮索すんな」
「オッケー」
気だるげに忠告すると、遊李は素っ気なくに頷いた。大抵の場合しつこく詮索してくるが、おそらく俺の声のトーンから詮索してはいけないと察したのだろう。勘だけじゃなく空気も察知できるとか、お前らほんと何なんだよ。俺が余計惨めに見えてくるだろうが。
いや、自分を蔑むのはやめよう。今はそんなことに意識を割いてる場合じゃない。
とにもかくにも、俺は話を続ける。
「でも、琉莉の好きになった相手にはさ、もうとっくに好きな相手がいるんだよ」
「ありゃりゃ。そりゃ、とんだ三角関係……いや四角関係か」
琉莉と俺。智景と天刈。確かに今の構図は四角関係だ。ただ、それに気づいているのは俺だけという皮肉っぷりだが。
そんな関係。俺も、誰も望んでなんかねぇのに。
「それでも、その恋が絶対に叶わないとしてもさ、想いって告げるべきなのかな。迷惑掛けるって分かってても、自分の気持ちに蓋なんて、できんのかな」
「……なるほどね。それで、俺に最初にあんな質問してきたと」
遊李は全て理解したように嘆息した。
それから遊李は、テーブルに体重を掛けながら、俺のことは見ずに答えた。
「それは結局のところ、本人次第なんじゃない?」
「身も蓋もねぇな」
「そりゃそうでしょ。だって、告白するにせよしないにせよ。それを実行すんのは自分なんだから」
遊李の主張は何も間違っちゃいない。そうだ。結局。それは本人が決めること。他人がしていいのは、せいぜい応援するだけ。
「俺が付き合ってる時に告白してきた子もさ、玉砕覚悟で気持ち伝えてくれたんだよ。先輩が付き合ってることは知ってたけど、でも部活引退しちゃう前にどうしても伝えたかったって」
「…………」
「俺、そん時、その子のこと超尊敬したよ。つか今でもしてる。だってフラれる前提で告白するって、正直言ってアホかーって思うじゃん。……でも、その子は自分の気持ちに正直に応えた。あんなの、誰にだって出来る訳じゃない。勇気がなきゃできない」
遊李はどこか遠くを。憧憬に耽るように遠くを眺めながら、微笑みを浮かべていた。
「世の中にはさ、勇者になれる奴となれない奴がいるじゃん。負けると分かってても、それでも挑む奴が勇者。負けると分かってるなら、最初から戦わないのが凡人だとして。でも、俺はそんなのはどっちでもいいと思ってるんだよね」
「なんでだよ?」
「――だって、どっちも勇気はいるだろ」
笑いながらそう告げた遊李に、俺は思わず瞳を大きく見開いた。
言葉を失う俺に、遊李は相変わらず呑気に続ける。
「前に進むのも勇気。後ろに進むのも勇気がなきゃできない。好きな人に他に好きな人がいて、その二人の為に自分から手を引くなんて、超勇気がなきゃできなくない?」
「……それは、自分が負けるって分かって、辛い現実から目を背けたいだけに逃げただけじゃないのかよ」
「いやいや。どっちに転ぼうが辛いでしょ。言ってスッキリする人もいるけどさ、逆に言って後悔する人もいるんじゃない?」
「言わない方がもっと後悔する場合だってあるだろ」
「たしかにそうね。海斗の言う通りだ。――ならさ、海斗は今この状態で水野さんに告白できるの?」
「――――っ!」
遊李の問いかけに、俺は息を飲んだ。
そんな俺を見て、遊李は「ほらね」と見透かしたように笑う。
「海斗が今の水野さんの気持ちを一番理解してあげられるんじゃないの?」
「――――」
「水野さんが想いを告げられずにいることも、その辛さも。海斗も同じでしょ? ずっと同じ境遇に立ってるくせに、なのになんで分かんないかなぁ」
声音は穏やかなままに、遊李の残酷なまでの正論が俺の胸を容赦なく抉って来る。
そうだ。今の俺は、今の琉莉と同じだ。
好きな相手に好きな相手がいる状況も。
想いを告げられないもどかしさも。
たぶん、相手に幸せになって欲しいから自分から身を引こうとしている、苦しさも。
琉莉と同じ立ち位置にいて、俺が今の琉莉を一番理解してやれるはずなのに、俺はまた自分のことばかりで、琉莉のことをちゃんと見ていなかった。
アイツの気持ちを、何一つ
俺はいつも、自分のことばかりだ。
こんな自分を殺したいくらい、嫌気が差す。
「どんだけバカなんだよ。俺」
「まぁまぁ。そう自分を卑下しなさんな。気付いたんなら人間誰しもやり直せる。それに俺らはまだ高校生じゃん! なら間違えてなんぼでしょ!」
屈託なく笑いながら――まるで太陽でも見ているような遊李の笑顔に、俺は少しだけ元気をもらえて。
「白縫が遊李に惚れた理由分かる気がするわ」
「お。マジっすか。ちなみにどういった部分すか?」
「言わねぇよ。ムカつくから」
「んだよ海斗のいけずぅ」
「突くなよ。俺、脇腹強いの知ってんだろ?」
「そら中学からの仲だからね」
白縫だけじゃない。遊李に告白して、交際した者もそうでない者達も、きっとコイツの底抜けに明るくてポジティブな部分に惹かれたんだろうな。
そんな風に笑う奴の傍にいると、自分の悩みなんてちっぽっけに思えてくる。
こうして思えるくらいには元気を取り戻せたから、しっかりと親友に礼は伝えないとな。
「ありがとな。遊李」
「ん。悩みは解決しそう?」
「いや。まだ全然。だから、家に帰ってもう少し考える」
「ふはっ。その顔は絶対少しじゃないだろ」
「はは。言うなよ。少しは見栄張らしてくれ」
「海斗はいつも見栄っ張りじゃん。中学もそれで――」
「おいっ。止めろ! 黒歴史掘り返そうとすんのは!」
笑う遊李に釣られて、俺も力弱くも笑みを浮かべた。
そうだ。悩んでいい。
俺らはまだ子どもで、相応に背伸びしたい年頃で、空回りしてもいいんだ。
悩んで、答えを出して――そして、
【あとがき】
もがき、あがきながら海斗も前に進んでます。大切な幼馴染の為に。
コメントレビューをしていただきありがとうございます。マジ励みになりますっ。
そして更新頻度についてですが、もっとたくさん読みたい! という意見を多く頂きました。なので、文化祭編につきましては更新頻度は増えます。
具体的にいえば、普通のペースならあと3週程度で完結話が2週間くらいになります。
文化祭が「俺の最高地点だ~っ」にならないよう頑張りますので、今後も応援のほどよろしくお願いします。
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