第135話 『 幼馴染が望むこと 』

「――文化祭準備。手伝わなくてよかったのかよ」


 琉莉の告白から一夜が明けたその日の夕方――学生でいえば放課後に、俺は性懲りもなく今日も幼馴染と帰路に着いていた。

 まだ頭の中は整理し切れていないとはいえ、一日も経てば流石に少しは落ち着く。

 寄り道に選んだコンビニで買ったカフェオレを飲みながらそう訪ねれば、琉莉は可愛らしく湯気立つコーヒーカップに「ふーふー」息を吹きかけながら答える。


「文化祭に積極的に関わりたいとは思わないからね。手伝いなんて本格的に準備が始まった頃に交じれば無問題だよ」

「少しはクラスに貢献したいと思わないのかよ?」


 琉莉は表情を何一つ変えることなく「全く」と答えた。

 あの天刈ですら教室に残って準備を手伝おうとしてるのに、この引きこもり女ときたら。もしかしたら、天刈よりも琉莉の方がコミュ力の低いかもしれない。


「友達作れよ」

「要らない」


 余計なお世話、ではなく要らないと返されるとは。


「私の友達は帆織くんだけでいい」

「――っ。あっそ」


 不意に智景の名前が挙がって、俺は思わず奥歯を噛んだ。

 やっぱコイツ、智景のこと本当に好きなんだな。

 友達は一人でいいと、その一人に帆織智景以外の選択肢を持たないのだから、俺が琉莉の心に入り込む余地は微塵たりともないのだと悉く痛感させられる。

 じゃあ、今の俺たちは何なんだよ。

 放課後一緒に帰って。こうして寄り道して。駄弁って。

 それは友達じゃないのか?

 俺はそう思っていても、おそらく琉莉は違うんだろうな。ただの家が隣の腐れ縁な男子と一緒に帰ってるだけ。本当に、ただそれだけ。

 恋愛対象のベクトルなんて、一切向けられていない。


「……なぁ」

「ふー。ふー。なに?」

「智景に、告白しねぇの?」

「…………」


 夕景と夜景のグラデーションを眺めながら聞けば、琉莉は暫く沈黙した。


「しないよ。する必要がない」


 白い息を吐きながら琉莉はそう答えた。


「なんでだよ」

「決まってるでしょ。彼の迷惑になりたくないから」

「迷惑って。女から告白されて迷惑だと思う男子はいないぞ」

「本当にそうかな? それは海斗の中の思想であって、他人も例外ではないとは言い切れないんじゃないかな」

「何が言いたいんだよ?」

「例えば、すごくモテる男子がいたとして、けれどその人は今がとても楽しくて、誰とも付き合うつもりはない。なのに告白なんてされても、面倒なだけなんじゃないかな。逆もまた然り」


 要するに、付き合う気がないのに告白されても困る、と琉莉は言いたいんだろう。

 確かに世の中にはそういう人種は少なからずいる。俺はモテないからそういう経験がないだけで、遊李は前者だった気がする。たしか、カノジョがいるにも関わらず告白されてたっけ。

 琉莉の言いたいことは分かった。でも、それだって例外だ。

 少なくとも、


「智景はそういうのないだろ。相手の気持ちには誠心誠意本気で返す奴だから」

「よく知ってるよ。彼は誰にだって愚直なくらい真面目で誠実だ。そういう部分に惹かれたし、憧れた」


 琉莉が他人を評価するのを聞くたびに、心臓が締め付けられたように悲鳴を上げる。

 それが親友の評価ならもっと。


「でも、そんな彼だからこそ、ううん。彼にだけはこの気持ちは伝えたくない。既に想い人がいる状態で告白なんかしても、私に勝ち目なんかない。ただ双方しこりが生まれるだけ。私は、彼との今の関係を壊したくないんだよ」

「そんなの告ってみなきゃ分かんねぇだろ。ワンチャンあるかもしれないだろうが」

「そんな無謀な賭けに挑むほど私が勇者だと思う?」


 琉莉は自嘲にも似た笑みを俺に向けながらそう問いかけた。俺は頬を引きつらせる。


「悪い。お前の気持ち考えないで喋り過ぎた」

「いいよ。他人の恋愛に高みの見物したがるのは人の常だ」

「ちがっ! 俺はそんなつもりで言ってんじゃねえよ! 俺はただっ……お前が好きな相手に何も伝えずに失恋するのは納得いかねぇってだけで」

「? どうして海斗が悔しいのさ?」

「――っ」


 琉莉は本気で不思議そうな顔をしていた。

 そうだよな。お前にとって俺は、ただの幼馴染でしかなくて、友達ですらないもんな。

 そんな奴の気持ちなんて、分かるはずないよな。

 悉く現実を突きつけられる。好きな相手に。自分は眼中にないという残酷な事実を。

 その悔しさの何もかもを今は押し殺して、俺は琉莉に言った。


「……お前がそれでいいって言うんなら、俺はこれ以上何も言う気はねぇよ。でも、それでお前は苦しくないのか?」

「そんなの決まってるでしょ――苦しいよ」

「――――」


 たぶん、俺は琉莉のその気持ちを理解してやれる。

 相手に恋慕を寄せて尚、その想いを告げられずに胸に抱えこないといけないのは、胸が張り裂けそうなくらい苦して辛い。泣きたい。

 でも、琉莉はその痛みさえも慣れてしまったような表情をしていて。


「苦しくても、帆織くんの隣に居られればなんでもいい。友達でもなんでも。恋人になりたいなんて大層な夢は持たない。その方が、苦しいけど楽でいられるから」


 琉莉は、そう語って儚い笑みを浮かべた。それは今にも消えてしまいそうなほど、弱く、切なく、悲しい笑みだった。


 ――そんな顔、すんなよ。バカ野郎。


 俺の瞳に映る少女。いつもは可憐で見惚れてしまうのに、けれど今は、その子が悲劇のヒロインのように見えた。





【あとがき】

海斗は本来であればクラスの準備を手伝っていましたが、この時は琉莉といることを選びました。

周囲に認められていくボッチとアマガミさんの関係。一方で、海斗は大勢の友達より一人の女を選びました。その結果、どんどん周囲から孤立しています。

ここも、以前のあとがきで述べた対比ですね。

四人の関係が文化祭でどう決着するのか、甘くて切ない文化祭編を引き続きお楽しみください。

追記:文化祭はゆっくり見たい? それとももっと更新頻度増やして欲しい?

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る