第133話 『 アマガミさんとおつかい 』
「どいつもこいつも浮かれてんなぁ」
文化祭の準備が本格的に始まり、あたしのクラスも作業に取り掛かっている真っ最中だった。
……つっても。あたしは何もやってねぇけど。
正確には、何をやればいいのか分からないし、クラスの連中はあたしを怖がってるから仕事も振って来ない。
やっぱ浮いてんなー、あたし。
ボッチに聞けば仕事をくれるとは思うけど、たぶんあたしは教室にいること自体が場違いなんだろうな。
何もやらねぇのも気が引けるけど、こればかりはしゃーねぇよな。
帰るか、と思って鞄を肩に掛けようとしたその時だった。ふと耳に名前も知らない女子二人の会話が聞こえた。
「……ガムテープとペンキ、足りないねぇ」
「完璧に見や余ったわ。うちのクラス暇人多いな」
「手伝ってくれる人意外と多かったね」
何か困ったような顔をしている二人。あたしは関係ねぇと自分に言い聞かせて立ち去ろうとする…………
「……なんか足んねぇのか?」
「「――ぇ」」
あたしは、気が付けば帰ろうとする足を止めて、自分でもその理由を分からないまま二人に訊ねていた。
いきなりあたしなんかに声を掛けられて硬直する二人は、それはもう全力で首を横に振った。
「い、いや何でもないよ! ね!」
「う、うん! 天刈さんには関係ないから!」
「……そうか」
あたしたちの間に流れる気まずい空気。
やっぱただの迷惑だったじゃねえかくそ。
おどおどする二人に申し訳なく思いながら立ち去ろうとした、その瞬間だった。
「――や、やっぱり一つお願いしてもいいかな!」
それまであたしに警戒していた二人。が、その内の片方が大声を上げて去ろうとする足を止めさせた。
「……なんだ?」
あたしはなるべく恐怖心を与えないように声音を落とす。ボッチにだったらこんな気遣い必要ねぇのにと思いながら慎重にそれに促せば、茶髪の女子はまだ頬を強張らせながらぎこちなく言った。
「その、実はペンキとガムテープが足りなくて。……天刈さんに、お使いを頼んでもいいかな?」
「――――」
「や、やっぱり雑用なんて嫌だよね⁉ ごめんなさい変なこと言っ――」
「ペンキとガムテープだけ買ってくればいいのか?」
「――うえぃ⁉」
目尻に涙を溜めるクラスメイトに再確認と訊ねると、そいつは素っ頓狂な声を上げた。
それから何度か目を瞬かせたあと、
「……は、はい。黒のペンキと、布のガムテープ。あと、できればもう少し別の色のペンキを買ってきてくれると、嬉しいです」
「んじゃメモ書いてくれ。買ってきてやる」
「いいんですか?」
「いいよべつに。ボッチほど忙しくねえし、暇だからそんくらいやってやる」
ぶっきらぼうに頷けば、クラスメイトの二人はお互いの顔を見合い、そしてあたしに振り向き直ると、
「あ、ありがとう! 天刈さん」
「――っ。……べつに。感謝される謂れはねぇよ」
生まれて初めて、クラスメイトに感謝された。
同時にあたしの中に、妙な感覚が生まれる。
頭を下げる二人に、あたしはなんだか胸が熱くなって素っ気なく応じてしまった。
二人からメモ用紙を受け取ったあたしは、まるで逃げるように教室を出て行った。
「あぁくそっ。なんだよ、これ」
胸が熱くて、そわそわして、気持ちが悪ぃ。
でも知ってる。それを教えてくれた人がいるから、これが何なのか、あたしは知ってる。
これは、高揚だ。歓喜だ。
自分を求めてくれた嬉しさが、胸に際限なく湧き上がって、あたしの足を浮つかせる。
「変わっちまったな。あたし」
こんな風に人と関わることの居心地よさなんか教えやがって。
ほんと、アイツには責任取ってもらわないとな。
でもその前に、まずはやるべきことをやんねぇとだよな。
「うしっ。さっさと買ってくっかな」
両脇を引き締めて。
らくもなく他人の為に頑張ろうとして。
クラスメイトから渡されたメモ用紙を、あたしは大切に握りしめながら歩き出した――。
【あとがき】
もうここまで読んだ読者様ならお気づきだと思われますが、文化祭編はアマガミさんとボッチ、琉莉と海斗の二ペアが中心に進みます。
悉く対局に描かれる文化祭編をお楽しみください。
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