第132話 『 ――好きだよ 』

「――なぁ、琉莉」

「ん? なに?」


 胸に膨れ上がる懐疑心。吐き出してしまいそうに息が詰まるこの感覚から、早く解放されたくて。

 このまま抱えきれずにはいられなくて。


「――お前って、もしかして智景のことが好き、なのか」

「――――」


 只管に否定を望む俺に、琉莉は暫くその問いかけに答えることはなかった。

 俺たちの間に生まれる静寂。けれどそれは、紺碧の瞳に静かな諦観を宿した少女によって砕かされた。


「うん。好きだよ」

「――っ」


 琉莉は俺を見つめたまま、はぐらかすことなく肯定した。


「それは、友達として――」

「違う。友達としてじゃない。異性として。一人の男の人として、私は帆織智景くんに好意を寄せてる」


 まるでそうなることが必然かとでも言うように、琉莉は淡々と自分が胸の内に秘めていた恋慕を吐露した。

 それは俺を信用しているんじゃない。

 俺のことなんて眼中にないから、それを告白することに罪悪感もなければ同情もないんだ。

 残酷なまでに、現実を突きつけられる。


「彼を好きになるのは、きっと必然みたいなものだったんだよ。誰だってあるでしょう。好きでもない異性のはずなのに、たまたま話しかけられただけでコイツ、俺のこと好きなんじゃね? って勘違いしちゃう現象」

「――――」

「私はまさにそれだったんだよ。たまたま同じクラスで。たまたま同じ委員会で。偶然趣味が合って。彼の陽だまりのような優しさにいつの間にか惹かれ、自分でも知らぬ間に彼を追っていて――そして気が付けば、ずっと胸が締め付けられていた」


 己の胸に手を置きながら、智景に好意を寄せた経緯を告白した琉莉。

 それを沈黙――言葉なんて出やしない――して聞いていた俺は、怒りと悲しみ。憎しみと羨望。何もかもがごちゃ混ぜになった感情のやり場なさに、両手を血が滲むほど強く握り締めていた。


 ――もっと早く気付いていれば。


 俺は、眼前の幼馴染のことを何も知らない。

 彼女が最近頑張っていることも。

 彼女の好きな本も。

 彼女がどんな風に笑うのかも。

 

 ――彼女が、ずっと俺の親友を見ていたことさえも。


 何が、琉莉のことをもっと知りたいだ。

 何が、琉莉ともっと距離を縮めたいだ。

 夢見てんじゃねえよ。この大馬鹿野郎がッ。

 そんなこと、最初から叶うはずなかったんだ。

 だって、今も彼女の瞳に映るのは、俺じゃなくて別の男子だ。

 完膚なきまでに、俺の恋心は砕け散る。好きな人の手によって。


「話はもう済んだかな。あ、念の為言っておくけど、この事は絶対に帆織くんには言わないでね」

「するわけないだろ。そんな無粋な真似」

「そ。ならいいや」

「……あぁ」


 それじゃあ帰ろうかと、琉莉はいつもみたく退屈そうな顔で俺に言った。

 智景に見せるような表情は、この瞬間でさえ、見せてはくれなかった。

 歩き出す琉莉に、俺は鉛のように重い足を引きずって懸命にその背を追う。

 遠い。彼女の背が。

 追い付けない。

 縮まらない。

 彼女と俺の心の距離差が。


「――俺なんかが、智景に勝てる訳ねぇだろ」


 彼女が好きになった相手と俺への想いの差は、どう足掻こうと縮まらぬほどに開き切っていた。

 遠い。何もかもが。ただ、ひたすらに――。





【あとがき】

サブタイの「好きだよ」は海斗じゃなくてボッチへの恋心の肯定です。決して琉莉は海斗のことを好きだと言ってるわけではないです。

海斗。追い打ちかけるようで悪いな。

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