第131話 『 知らぬが恋心 』
引き続き、本屋にて。
「へぇ。この本が面白いんだ」
「うん。僕のオススメ。久しぶりの大賞作品ってことで気になって読んだけど、結構硬派な作風で面白かったよ。あ、でも今回水野さんが求めてるのはぶっ飛んだ文章表現が多い作品だっけ?」
「全然違うよ。小説でありながら小説の枠に囚われていない、文章表現が豊かな作品だよ」
「そっか。それなら……」
文系の会話は全くもって理解不能だ。俺は二人が楽しく本を選ぶ様を遠い眼差しで見ていた。
しかし、いつまでも蚊帳の外にいるわけにもいかず、俺は二人の間に割って入るように強引に会話に混ざった。
「あー。智景。俺にもオススメの本紹介してくれよ!」
ちらりと隣を見れば、琉莉がものすごく不機嫌そうに顔をしかめていた。まるで、自分と智景の時間を邪魔するなとでも言いたげに。
……だからそんな顔、今まで一度も俺には見せたことねぇじゃん。
初めてみる琉莉の嫉妬顔に、何故か俺まで嫉妬してしまう。
そんな俺たちの心情など知らない智景は、喜んでと快諾し、
「海斗くんには何がオススメかなぁ。やっぱり異世界ファンタジーものかな。……ふふ、やっぱりこうして友達と買い物するって楽しいね!」
「「…………」」
智景の屈託ない笑みは、俺と琉莉の間にあった不穏な空気をたちまち霧散させた。
琉莉はやれやれと重たい息を吐くと、ここは譲ると剣呑な空気を引っ込める。
だがしかし、智景はそんな彼女すらも自然に巻き込んで、
「水野さんも海斗くんにオススメの本を選んで読ませてあげないとね。二人で海斗くんを小説の世界に引き込んじゃおう!」
「ぷっ。何それ。この陽キャにはそんな世界じゃなく、トックトック世界がお似合いだよ。そしてせいぜい恥を世間にバラまくといい」
「なんで俺がトックトック配信してる前提で話進めてんだよ⁉」
「炎上だけは止めてね、海斗くん。僕も擁護しようがなくなっちゃうから」
「だからしてねぇよ!」
くすくすと愉快げに嗤う琉莉と同情した目を向けてくる智景。揶揄ってくる二人に向かって、俺は全力でツッコむ。
やはり、帆織智景はお天道様みたいなやつだ。
普段顔色一つ変えぬ少女をこうも明るくさせ、俺の中に芽生えた嫉妬という感情さえも一瞬にして取り除いてしまった。
彼を恨む者は誰もいない。
彼を妬む者は誰もいない。
彼を羨望する者は多くいる。
そこに男も女も関係ない。誰もが帆織智景という一人に羨望し、尊敬の念を抱き、そして本人さえも無自覚で周囲を引き寄せていく。
だから彼に恋する者が現れたとしても、何も不思議じゃない。
「――じゃあ、今日はこれで。とっても楽しかったよ」
「うん。私も。本、オススメ紹介してくれてありがと」
「あはは。僕の方こそ付き合ってくれてありがとうね。それじゃあ、また明日、学校で」
「うん。また明日」
それぞれが買った本を入れた袋を片手に、お別れの時と手を振る。
俺たちに背を向けて歩き出す智景。その姿を、俺の隣に立っている幼馴染はずっと見つめていて。
「――っ!」
彼女の紺碧の瞳が寂寥に揺れたのを見た瞬間。俺の脳裏にふと、一つの疑惑が浮かび上がった。
それは今日の出来事と次々と結び合っていき、やがて、俺が知りたくもなかった事実を突きつけた。
――水野琉莉は、帆織智景の事を好きなのかもしれない。そんな、最悪の事実を。
【あとがき】
気付いちゃった気付いちゃーったぁぁ。
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