第130話 『 朝倉海斗と雑音 』
それは、ある日の放課後だった。
「また本屋ですか」
「文句があるなら先に帰ってもいいんだよ」
「いえ、何もないっす」
琉莉と寄り道をすると、必ずと言っていいほど本屋に足を運ぶ。
根っからの文学少女である琉莉。かたや俺は全く本を読まないので、頻繁に本屋に足を運ぶ琉莉が理解できなかった。いやまぁ、いつも琉莉が何考えてるかは分からないんだけど。
「今日はどの本にしようかな。いいの、あるかな」
「……ふぅ」
でも、いつも退屈そうな顔をする琉莉が、本を選ぶ時は楽しそうな顔を見せてくれるから、俺としてはそれを見られただけで満足だった。
そんなんだから何も進展しないんだよなぁ、と悄然としていると、ふと聞き慣れた声が耳朶に届く。
「あれ、二人も来てたんだ」
「おー。智景じゃん」
「帆織くん⁉」
振り返った目先で、俺たちに向かって手を振る少年――帆織智景がいた。
智景はいつものように朗らかな笑みを浮かべながら近づいてくると、
「奇遇だね。二人とこんな所で会うなんて。特に海斗くん」
「うっせ。俺だってたまには本屋にくらい足運びますー」
俺が漫画本くらいしか読まないこと知っている智景はくすくすと笑いながら揶揄ってきた。それに俺は親友間同士でみせるしかめっ面で応じる。
智景は俺に向ける微笑みを琉莉にも向けると、
「水野さんは意外でもないね」
「そ、そうかな」
智景の微笑みに、琉莉はくしゃっと前髪を掻き上げて視線を右往左往させながら応じた。
……なんだこの反応?
懐疑心が胸に湧きながら、俺は智景に訊ねた。
「お前の方こそ珍しいな。今日は天刈と一緒じゃねえんだ?」
「あはは。うん。アマガミさん。僕が帰りに本屋に寄るって言ったら、「じゃああたしは帰ってゲームしてるわ」って本当に先に帰えちゃって」
苦笑しながら答えた智景に、俺はなるほどと息を吐く。
「アイツ本全然読まなそうだもんな」
「そうなんだよ。漫画本は読むけど小説はからきしで。小説だって面白いのになぁ」
「流石は読書好き。俺には全く分からん感性だ」
「そう言ってるけど海斗くんだって最近は小説読んでるんでしょ?」
「家でしか読まねぇけどな。お前と琉莉みたく教室でまで読むほど愛読家じゃねえよ」
そう言うと、俺は智景に苦笑され、琉莉にはジロリと半目で睨まれた。
「あはは。まぁ皆スマホ見てるもんね。でも面白い小説って続きが気になっちゃってさ。つい休み時間に少しでも! って読み進めちゃうんだよね」
「うんうん。分かるよその気持ち。だから私もバスの中では飽き足らず、つい教室で読んじゃうんだ」
「だよねだよね!」
俺には全然理解できない感性で盛り上がる二人。だから当然二人のテンションにも会話について付けず、蚊帳の外に弾き出される。
「帆織くんは今日は何か買いに来たの?」
「まぁ良さげなのが見つかればかな。とりあえず新刊コーナーに寄って、面白そうな新刊を探そうと思ってる」
「なるほど。ねね、それじゃあ私も同行していいかな?」
「いいけど、でも僕が買おうとしてるのラノベだよ?」
「実は今日はそのラノベを買いに来てね」
「本当に⁉ 水野さんがラノベ買うなんて珍しいね」
「そうさせたのは帆織くんのせいだよ」
「え、僕何かしたっけ?」
琉莉の言葉に見当のついていない智景は首を捻った。そんな智景に、琉莉は俺には一度も見せた事のない嬉々とした表情で言った。
「キミが私に見せてくれた小説。すごく面白かったから」
「あー! あれね! よかったぁ。水野さんに面白いと思ってもらえて光栄だよ」
「過小評価しておきながらあれ程までに見どころのある作品をみせつけてくるなんて、ちょっと妬けたよ」
「いやいや。僕の作品なんて水野さんの表現力と完成度には劣るよ」
「何を言うのさ。キミの方が素晴らしいものを書けていたよ。人を惹き込む文章というのはまさにこんな感じなのかと感服させられた。おかげで私ももっとやる気が出た。絶対、今度は帆織くんよりも面白いものを書き上げてみせる」
「また書くんだ! それじゃあ、次のも書き上がったら是非読ませて欲しいな。あ、でも水野さんさえよければだけど」
「書き上がったら、いの一番に帆織くんに見せてあげるよ」
「本当! わぁ、嬉しいなぁ。また生きがいを見つけたよ」
「ふふっ。何それ。変なの」
琉莉が、笑う。なんとも楽しそうに。
それが向けられるのは幼馴染の俺ではなく、中学の頃からの親友。
誰にも笑みをみせることはない、青い薔薇のような少女が、ソイツと話す時だけは普通の女子高生のようにはしゃいでいて。
――あぁくっそ。うるせぇんだよ。
そんな光景を眺める俺の胸は、ひどく、ひどくざわついた。
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