第129話 『 負けヒロインの劣情 』

 ――教室の端には、いつも楽しそうな二人が映る。


「おいボッチ。次の授業寝るからセンコー来たら起こしてくれ」

「もぉ。次の授業も寝るの? さっきの授業も寝てたでしょ?」

「くあぁ。授業なんて退屈なもん、寝るに限るんだよ」

「ダメ。次の授業も寝たらお弁当渡さないからね」

「いつも思うけど弁当人質に取るのボッチの悪い癖だぞ! 悪魔! 鬼畜! 人でなし!」

「はいはい。悪魔だろうが人でなしだろうがなんでもいいから、次の授業は起きててください。その代わり起きられてたらジュース奢ってあげるから」

「……うぐぅ。しゃーねぇ。弁当っつぅ褒美の為だ。あたしに出来ねぇことなんて何もねえってとこ見せてやる!」

「……言っておくけど授業は起きてるのが普通だからね?」


 もはやクラスの皆も見慣れた、学級委員長と金髪ヤンキーの夫婦漫才。

 その光景を見た人たちは、誰しもが口を揃えて『もうあの二人完全に付き合ってるよな』と苦笑する。

 それでもあの二人はまだ交際していない。

 ならば余所者が付け入る隙があるかといえば、そうでもない。

 友達以上恋人未満なあの二人は、既に何人も寄せ付けない強固な絆を築き、結んでいる。

 それは解くこともできなければ断ち切ることもできない、絶対的な〝信頼〟だった。


 ――もう既に、何もかもが手遅れだった。


 彼に想いを寄せていながら距離を詰めようとせず、木漏れ日の落ちる一時だけでも隣に居られればいいと満足し、ずっと足踏みをしていたから、いつの間にかぽっと出の女に彼の隣を奪われてしまった。


「(羨ましいな)」


 どうしてそこにいるのが彼女なのかと、こうして人知れず仲睦まじい光景を日陰から覗くようにそっと見る度に思う。


 私にも、彼の隣に居られるチャンスはあったのだろうか。


 あんな風にずっと楽しそうに、居心地の良さに溺れることができるチャンスはあったのだろうか。


 あったのかもしれない。


 この世の全ては偶然と運命でできている。それは決して人間がコントロールできるものではない。故に、強者は偶然を引き寄せてそれを〝必然〟とし〝運命〟へと繋げる。

 あの二人が出会ったのは〝偶然〟だ。けれど、その〝偶然〟を彼が〝必然〟へと変え、そしてあの子はそれに答えた。結果、今の二人は〝運命〟的な友情を獲得してみせた。

 足踏みをしていた私は、己の〝偶然〟と彼の〝偶然〟を結ぶことができなかった。

 だから私は、敗者として好きな人と嫌いな人の仲睦まじい光景を遠くから眺めることしかできなかった。まさに醜い女だ。


「なぁ、ボッチぃ。今日の放課後ゲーセン行かねぇ?」

「いいよ。あ、ならついでに本屋にも寄っていいかな?」

「うげぇ。また本屋かよ。なら私は家に帰ってゲームするわ」

「漫画本はいいの?」

「ボッチが買ってきたやつ見るからいいー」

「もぉ。たまには自分で探してみればいいのに」

「いいんだよ。ボッチと同じ漫画読んだほうが感想言い合えるだろ?」

「今のは不覚にもときめいちゃうよ⁉」

「へへっ。ボッチ照れてやんのー」


 二人の会話を、私はただただ羨望を向けながら見つめる。

 その視線に、意中の相手に夢中の彼は気付くことはない。


 ――あぁ本当に、彼女が羨ましい。


 二人の仲睦まじい光景を見る度に、私の心は張り裂けそうで、後悔で満たされていって、彼を好きという想いが募っていった――。


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