第127話 『 罪滅ぼしのハグ 』

 帰宅すると、何故かアマガミさんが超不機嫌だった。

 会話をしてもどこか素気なく、最近多めだったスキンシップもない。

 一瞬で異常を悟った僕は、夕食後、同じソファに座るアマガミさんに訊ねることにした。


「アマガミさん。僕、何かしちゃったかな」

「べっつにぃ。何もしてねーよ」


 と本人は言うも、しかし態度は明白だ。やはり、露骨に不機嫌だとアピールしている。


「何かやらかしちゃったなら教えて欲しいんだけど、ダメですか?」

「そうだよなぁ。ボッチにとってはあれは普通のことだもんなー」

「あれって?」

「ふんだっ」 


 アマガミさんは腕を組みながらそっぽを向いた。

 これでは原因は究明できないと悟った僕は、朝の記憶から今に至るまで回想することにした。

 朝は不機嫌ではなかったはずだし、お昼も僕が作ったお弁当を美味しそうに食べていた。午後はほとんど眠っていたし……うむ、やはりどうして彼女が不機嫌なのかが全く分からない。

 唯一あるとすれば、放課後一緒に帰れなかったくらいか。


「もしかして、一緒に帰れなかったこと根に持ってる?」


 おずおずと尋ねると、アマガミさんの眉がピクッと動いた。……どうやら正解みたい。


「僕、アマガミさんにきちんと伝えなかったっけ? 友達に渡すものがあるから今日は先に帰って、って」

「あぁ。確かに言った。それに頷いたのもあたしだ」


 アマガミさんは片目だけ開くと僕を睨んで、


「……でもまさか、その友達が女だったとはな」

「あー。もしかしてそれで怒ってるの?」


 どうやら、水野さんと会っていたのが原因だったようだ。

 僕が頬を引きつらせると、アマガミさんは複雑そうな表情を浮かべながら言った。


「べつに怒ってねぇよ。誰とどこで何しようがボッチの自由だしな。それに、そんな権利もあたしにはねぇし。でも、なんかすげぇもやもやした」

「ごめんね」

「謝んな。怒ってねって言ってるだろ。あたしが好き勝手やってんだから、ボッチにだって好き勝手させなきゃ都合がつかねぇ」

「でも、嫌だったんでしょ?」

「…………」


 アマガミさんは照れくさそうに、口を尖らせながら無言でこくりと頷いた。

 べつに水野さんはただの友達で、アマガミさんの心配しているようなことは何もしていない。僕が好きな人はアマガミさんで、それ以外の女性には興味もない。

 水野さんだってきっと同じだ。


「僕と水野さんはただの友達だよ。今日彼女に用があったのはね、夏休みに書いた小説を読んで欲しかったからなんだ」

「お前小説なんか書いてたのかよ⁉」


 ギョッと目を剥くアマガミさんに僕はぽりぽりと頬を掻きながら頷く。


「うん。それをどうしても水野さんに渡したくて。でも今思えば、教室の中でもできることだったね。配慮が欠けててごめん」

「だから謝るなよ。あれだろ。人前で大っぴらに見せるのは恥ずかしかったとかだろ。小説なんてもん教室で見せたら周りに揶揄われそうだしな。それならまぁ、ボッチがソイツと二人きりになりたかった理由もなんとなく分かる。そっちの方が話しやすいってのも、お前と一緒に居て知ったからな」

「分かってくれて嬉しいです」

「……でも、だったらせめて、女と一緒に帰るとか、そういうのはちゃんと言って欲しかった。そっちの方が、もやもやしねぇで済んだ……かもしれねぇ」

「ごめんね」


 謝ることしかできないでいる僕に、アマガミさんは「謝らんでいい」と半目で睨んでくる。


「何度も言ってけどさ。あたしは別にボッチのカノジョとかじゃねぇんだ。そりゃ恋人の時にそんなことされたら確実に一発腹に拳入れてっけど、友達の分際で友達の行動制限すんのはおかしいだろ」

「でもアマガミさんをもやもやさせてしまった事には変わりないので、何か罪滅ぼしさせて欲しいです」

「いやせんでいい……とは思ったが、でもそうだな。ボッチのせいであたしはすげぇもやもやしてた訳だ。何かしてもらうのはアリか」

「腹パン・ビンタ・踵蹴りでなければ何でもいいです」

「んなバイオレンスなことしねぇよ!」


 土下座する僕にアマガミさんはやれやれと嘆息すると、


「なら、両手を広げろ」

「手?」

「ほら。いいからさっさとしろ」


 何をするかすら説明もないままそう促され、僕は戸惑いながらアマガミさんの言う通り手を広げる。

 そして十分に両手を広げると――突然アマガミさんが僕の胸に飛び込んできた。


「あ、アマガミさん?」

「いいから。そのままあたしを抱きしめろ」


 困惑する僕に、アマガミさんは淡泊に命令する。 

 躊躇いながらもゆっくりと彼女を抱きしめると、胸の中から「それでいい」と声が聞こえた。


「あたしをもやもやさせた罰だ。あたしの気が済むまで抱きしめ続けろ」

「いいの?」

「なんだ? 腹パンがいいのか?」

「こっちがいいです!」


 だよな、とアマガミさんは腕の中で笑った。

 でも、これは果たして罰なのだろうか。

 僕にとっては、ご褒美でしかないんだけど。

 そう思惟する僕の意識していると、アマガミさんから安堵の吐息がこぼれたのが聞こえた。


「あぁ。これこれ。やっぱボッチに抱きしめられると安心するな」


 その一言で、僕の悩みは全部がぶっ飛んで、何かもがどうでもよくなってしまった。


「……もやもや、少しは晴れましたか?」

「まだ全然晴れてなーい。だから、もっと抱きしめないとダメだなこれは」

「じゃあ、もっと強く抱きしめていいの?」

「あぁ。あたしを離さないくらい、強く抱きしめてくれ」

「――離れる訳ないよ。僕はずっとアマガミさんの隣にいるから」


 囁くように告げれば、彼女は腕の中で微笑みながら頷いて、


「――あたしもボッチから離れないからな。もっと、ボッチと一緒に居たい」


 ――僕もだよ。僕も、もっとアマガミさんと一緒にいたい。

 お互いの温もりを、愛しい時間を、僕らは享受する。

 そうして僕らは、互いが望み終わるその時まで抱擁を交わし続けた。




【あとがき】

ここで読者様にさらなるアマガミさん可愛いかよポイントをプレゼント。

このハグの時にアマガミさんが着ているのはパーカーです。ただしただのパーカーではなく、ボッチのパーカーです。

家に帰って拗ねたアマガミさんはボッチの部屋に無許可で入ってパーカーをかっさらっていきました。寂しさを紛らわす為にボッチの匂いが付いたパーカーを着たわけですね。

尊ぇ――――――――――――っ!!

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