第122話 『 アマガミさんと責任 』

 誕生日を経て、僕とアマガミさんとの関係にも変化が現れた。


「なぁ、ボッチ。これってどうやって攻略すんだ?」

「ん? あぁ、これはね……」


 普段の何気ない会話。一見普通に見えて、しかし全然違った。

 どこが違うのかと言うと――それは距離感。


「へぇ。これこうやって攻略すんのか。ありがとな」

「ふふ。どういたしまして」


 ソファに座る僕らの距離は、ほぼゼロ距離――いや、既に肩と肩がぴったりとくっ付いている状態だった。

 流石にこの状況は僕も少し(いや実際はかなり)意識してしまっているけど、アマガミさんはゲームに夢中だから気付いていない……という訳ではないと思う。


「(……たぶん、意識的に詰めてきてるよね)」


 そう思うのは僕の自意識過剰か。けれど、以前とは明らかに違う距離感でアマガミさんは僕に接してくる。

 普段通りの彼女。でも少しだけ、何かが違うように見えて。


「なんだボッチ。人の顔ジロジロ見てきやがって」

「あぁ、ごめんね」

「別に気付いたから聞いただけで謝って欲しいわけじゃねえよ。勝手にしな」


 それに態度も違った。なんだか今のアマガミさんは、更に僕に甘くなったし、素直になったと思う。

 こういう彼女も嫌いじゃない。むしろ嬉しい。でも、やっぱり胸に違和感を抱いてしまう。


「アマガミさん。もしかして熱でもある?」

「あぁ? なんだ急に訳の分からねぇこと言いやがって、熱なんかねぇよ」

「ほんと?」

「超元気だっつーの。それよりもお前の方こそ働きすぎて疲れてねぇか? なんならあたしの膝貸してやるぞ」

「いや。僕も全然元気です」


 やっぱり何かがおかしい。こんなアマガミさん見た事がない。

 困惑する僕を余所に、アマガミさんは何か妙案を思いついたように双眸を細めると、


「へへっ。あたしの特等席だ」

「わっ」


 そんなことを言って、突然僕の膝の腕に頭を乗せてきた。


「あ、アマガミさん?」

「ボッチがあたしの膝要らねーならあたしがボッチの膝もらうぞ」

「そ、それは別に構わないけど……ほんと、最近どうしたの? なんか、すごく素直じゃない?」

「いいだろべつに。この家とボッチの膝の上が快適なだけだ」


 要はリラックスしているということだろうか。それにしては少々可愛いが過ぎない?

 なんだかこれまでは飼い主に警戒心を向けていた野良猫が、色々な過程を経て従順になり始めたみたいな感じがする。


「へへっ。ボッチの膝はあたしだけのものだ」

「なにその反則級の可愛さっ」


 僕の膝の上で嬉しそうに破顔するアマガミさんに、僕はたまらず悶絶してしまう。

 思わずこちらの理性がぶっ飛んでしまいそうなド級の一撃を喰らった僕は、逸る鼓動を必死に抑えながら言った。


「もうっ……僕の膝なんかでよければ、好きなだけ貸してあげるよ」

「よっしゃ。じゃあお言葉通り、ここでゲームさせてもらうな」

「……ハイ。ドウゾ」

「なんで片言なんだよ」


 苦笑するアマガミさんは、それから僕の膝の上でゲームの続きをやり始めた。


「ね。頭撫でていい?」

「好きにしろ」


 スマホをイジるよりも間近にいるアマガミさんに触れたくて訊ねてみれば、淡泊だが許可をもらえた。

 反発されると思っていた僕としてはこれも予想外だった。胸に違和感は残るも、好奇心に負けた僕はゆっくりとアマガミさんの金髪を撫で始める。

やっぱり、彼女の髪はサラサラでとても触り心地がいい。


「あはは。こうしてみると、本当に猫と飼い主みたいだ」

「誰が飼い猫だ……と言いたい所だが、ボッチに飼われるなら悪くねぇ。存分に愛でやがれ」

「わお。この猫さんは随分と高飛車だね」

「安心しろ。ボッチじゃなかったら八つ裂きにしてる」

「とんだ狂暴猫だ⁉」


 でも、それってつまり僕が特別ってことだよね?


「アマガミさんを甘やかしていいのが僕だけなら、うん。それはとても光栄なことだね」

「安心しろよ。ボッチに意外に甘える気は微塵もねぇから」

「あはは。そこはもう少し人に甘えようよ」

「あたしはこのままでいいんだよ。甘やかされるのはボッチだけで十分だ。それ以上は胃もたれしちまう」

「僕ってそんなにアマガミさんのこと甘やかしてるかな?」

「超甘やかしてるわ。それこそ、もうお前から離れられないくらいにな」

「あはは。じゃあ、アマガミさんをそうさせちゃった責任は取らないとかもね」


 冗談半分でそう言った瞬間だった。

 アマガミさんは僕のことを一瞥したあと、ゲームをするのを一度中断してスマホを胸に置いた。

アマガミさんは僕のことを無言でジッと見つめてくる。

それから、ふっと微笑んで。


「なら、言葉通り責任取ってくれよ」

「――うん。取ってあげるよ」


 一瞬だけ、彼女のあまりにも美しい微笑みに見惚れてしまう。しかしすぐに我に返った僕は、それが冗談であれ本音であるかは分からないけれど、誓うように肯いた。


 ――キミが僕の傍から離れるその時まで、僕はずっとキミを甘やかし続けてあげるからね。

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