第121話 『 アマガミさんとキス 』

 ――土曜日。

 自分の部屋からリビングへと降りてきたあたしは、珍しい光景に遭遇した。


「――ボッチが昼寝してやがる」


 あたしの眼前に広がっていたのは、リビングのソファーで気持ちよさそうにうたた寝してるボッチの姿だった。

 なるべく足音を立てずに近づくと、ボッチはすぅすぅと静かな寝息を立てていた。どうやら結構熟睡してるみたいだ。


「いつも忙しいから疲れて寝ちまったのかな」


 テーブルを見ると参考書が広がっていて、どうやら勉強中だったらしい。休日にも関わらずよくやるわ。

 勤勉なコイツに感服しつつ、あたしはボッチの寝顔を堪能する。


「ボッチの寝顔なんて初めてみるな。基本コイツの方が早く起きるから当然なんだけど。へへっ。意外なもの見ちまったな。……にしても、ボッチの寝顔可愛いな」


 すやすやと気持ちよさそうに寝る姿はまさしく小さな子どもみたいだった。

 あたしは眼福の光景に思わず垂れてしまった涎を拭きつつ、


「あとで掛布団くらい持ってきてやんねーとな。休日だしゆっくり寝かせてやりてぇ」


 あたしをいつも甘やかしてくるボッチには、あたしも同じくらい甘やかしてやんねーと気が済まない。いや、そうでなくとも、普段から頑張ってるボッチには適度に肩の力を抜かせてやりたい。

 その役目があたしなのは分不相応だというのは分かってる。でも、あたしだって頑張りたいんだ。

 ボッチの傍にいる為に、ボッチが喜んでくれることをしてぇ。


「お前の傍に居られるなら、あたしはもう何でもいいと思ってるよ」


 眠るボッチに、静かな声で語り掛ける。

 こんなろくでもないあたしを見捨てないでくれたお前に、あたしは尽くしたいんだ。

 あたしは、ボッチに必要とされたい。

 だって、あたしはボッチのことを――、


「……誰もいねぇし、ボッチも寝てる、よな」


 この家にはあたしとボッチしか住んでいないのに、きょろきょろと周囲を見渡すあたし。

 さらにボッチが熟睡中だということも確認したあたしは、軽くボッチの頬に指を添えて、


「なぁ。お前本当は気付いてるんじゃないか?」

「――――」


 眠る王子様に、あたしは双眸を細めながら問いかける。返事は当然ない。

 それをいいことに、あたしはずっと胸に膨張し続けていた感情を吐露した。


「あたしが本当に、友達だからってだけで誕生日プレゼント渡すと思ったのかよ」

「――――」


 お人好しなあたしの王子様。なぁ、聞こえてなくていいから聞いてくれ。

 あたしの、抑えきれない想いを。


「あたしが本当に、何も思わないで抱きしめたと思ってのんか?」

「――――」


 お前がハグしたいって言った時、あんな素っ気ない態度取っちゃったけどさ、本当はあたしだって、すごく嬉しかったんだぞ。

 お前に必要とされたみたいで、すごく嬉しかった。

 お前に好きって言われてるみたいで、心臓がずっとドキドキして五月蠅かったんだぞ。


「なぁ、ボッチ。もう隠し切れそうにねぇよ。この気持ち」

「――――」


 こんな気持ちになったのは、生まれて初めてだ。

 初めてお婆ちゃん以外に心を許せた、今はあたしのたった一人の特別な存在。

 お婆ちゃんにさえも抱かなかった――ただ一つの、唯一無二の特別な感情。

 それはもう、胸の中に抑えておくことはできず、声に、感情に、行動となって爆発してしまった。


「お前のことが好きだ。大好きだよ。――智景」


 友達としてじゃなく、異性として。

 あたしはボッチ――帆織智景に惚れてしまった。

 眠る王子様に、この言葉は届いていない。

 届いていないことをいいことに、とても姫という存在には似合わないあたしは、そっと彼の頬に唇を近づけて、


「お前がもうあたしのことなんか要らないって言う前にさ、一つだけでいいから。お前を好きになってよかったって思い出をくれよ」

 いつか、お前と離れてしまうかもしれないその時に、後悔はしたくないから。

「唇じゃなきゃ、セーフだよな」


 自分に言い聞かせるように、呟いたあと――


「――ん」


 溢れる恋心は、そっと彼の頬に唇を押しつけた――。



【あとがき】

ついに相手への気持ちを自覚した二人。

そして次回からはそれぞれの物語が大きく動き出す【文化祭編】へ入ります。

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