第120話 『 大好きじゃ足りなくて 』

「あとさ、それとは別に、もう一個あるんだけど」

「え、まだあるの?」


 アマガミさんから贈られた誕生日プレゼントを大切に抱えていると、彼女は少し照れくさそうな顔をしながらそう呟いた。


「ケーキも誕生日プレゼント貰ったんだし、もう十分すぎるくらいアマガミさんから貰ったよ?」

「日頃お前の世話になり過ぎてあたしはこれで満足してねぇんだよ。……ま、あげるっつても、これは物じゃねえんだけど」

「物じゃない贈り物?」


 アマガミさんの言葉にはてと首を捻る僕。

 一体どんな贈り物なんだろう、と思案していると、アマガミさんは頬を赤らめながら僕を見つめると、


「……今日だけ、今日だけ特別だぞ――ボッチがあたしにしたいこと、していい」

「――――」


 そう告げたアマガミさんに、僕は目をぱちぱちと瞬かせる。


「えっと、それってつまり、どういうこと?」

「だからっ。ボッチがあたしにしたいこと叶えてやるって言ってんだ。何かねぇのかよ。肩たたきでも家の掃除でも、ボッチがあたしにさせてぇこと何でも言ってくれて構わねぇ」


 それが、彼女からのもう一つのプレゼントらしい。

 端的にいえば、何でも言うことを聞く券だ。


「言っとくけど妥協はすんなよ。適当なこと言ったら却下だからな」


 ちょっと訂正。何でも、ではなく、彼女の満足することならして構わない券だった。

 僕はあはは、と苦笑しつつ、


「いいの? そんな豪華なプレゼントまでもらって?」

「お前にはいつも世話されっぱなしだからな。これくらい安いもんだ。あ、でもエッチなのはダメだからな」

「例えばどんな?」

「わ、わざわざ言わせんな!」


 少しだけ悪戯心が働いて意地悪な問いかけをすれば、アマガミさんは顔を真っ赤にしてしまった。こういう反応がたまらなく可愛い。

 初心なアマガミさんを楽しみつつ、


「なら一つだけ、アマガミさんとしたいことがあるんだけど、いいかな」

「お、おうっ。エロいやつじゃなきゃ何でもいいぞ」


 それじゃあ、と僕は一拍間を置いて、告げた。


「――アマガミさんとハグを、したいです」

「ハグ?」


 バクバクと弾む心臓に急かされながら告げると、アマガミさんは一瞬きょとんとした。

 それから数秒経って言葉の意味を理解すると、


「そんなのでいいのかよ?」

「むしろ僕にとってはそれが最上のご褒美なんだけど」

「あたしとハグすんのかが?」


 正気か? と失笑するアマガミさん。


「もちろん嫌なら別のお願いにするよ」

「いや別に嫌っつぅわけじゃねーよ。それくらいならまぁ、別にいくらでもしてやる。でもハグか。やっぱりちっと安い気がするけどな。せっかくあたしをコキ使えるチャンスだってのに」

「あはは。アマガミさんをコキ使うのもそれはそれで魅力的な提案だとは思うけどね。でも、うん。今回はアマガミさんとハグしたいです」

「まぁ、ボッチがそれがしたいって言うならそれでいいけど」

「やった」


 てっきり引かれるかと思ったが案外そうでもなく、アマガミさんは若干物足りなそうな顔をしながらも僕のお願いを承諾してくれた。

 アマガミさんからの許可も得たことで、僕は一旦彼女から贈られた誕生日プレゼントをテーブルに置くと、それからゆっくりと彼女の正面に向き直った。

 数秒。お互いを見つめ合って。


「そ、それじゃあ、いかせていただきます」

「お、おう。ばっちこい」


 ぎこちない段取りのまま、僕らは少しずつ距離を縮めて――やがて完全に密着した。


「……やっぱこれでいいのか?」

「――うん。これがいい」


 密着というよりかは軽く触れ合っているだけの状態。それに不服気に訊ねてくるアマガミさんに、僕は口許を綻ばせながら頷く。


「ボッチは変わってんな。あたしなんかとハグして満足するとか」

「そういうアマガミさんはどうなのさ?」

「あぁ? そんなこといちいち聞くなよ」

「聞かせてよ」

「……べつに。悪くはねぇよ」

「ふふっ。素直じゃないなぁ」

「う、うるせぇ」


 口ではそういながら声音は弾んでいて、だからすぐに彼女がどういう気持ちなのか分かった。

 あぁ、よかった。きっと、アマガミさんも今、僕と同じことを思ってくれている気がする。

 そう思うのは、僕の勝手な妄想だろうか。


「アマガミさん」

「なんだよ?」

「僕、今すごく幸せだよ」

「はは。安い幸せだな」

「安くない。僕にとっては大切な瞬間だ」


 大好きな人に誕生日を祝ってもらって、誕生日プレゼントまでもらって、それだけでもう十分幸せなのに、こうして好きな人と抱きしめ合っている。

 胸には感謝でいっぱいで、心は幸福という無二の感情が際限なく湧き上がってくる。

 ただこの幸せの一時を噛みしめていると、不意にアマガミさんの方からぎゅっと強く抱きしめられた。

 戸惑う僕の耳朶に、小さな感謝が聞こえてきた。


「いつも、ありがとうなボッチ」

「ううん。こちらこそ。いつも僕の傍にいてくれてありがとう」

「礼に礼で返すなよ」


 アマガミさんは可笑しそうに笑った。

 その後に、


「なぁ、ボッチ」

「どうしたの?」

「……もう少し、このままでいたい」

「いいの?」


 問いかけると、アマガミさんは小さくこくりと頷いた。


「いいよ。もう少し、ボッチの体温感じてたい」

「ふふ。僕も同じだ。僕も、もう少しだけ、アマガミさんの温もりを感じてたい」

「じゃあ、ボッチが満足するまで抱きしめててくれ」

「じゃあ、もうずっと離さないかもよ?」

「それならそれで構わねぇよ。あたしは離すつもりねぇから」

「……そっか。それじゃあ、僕が満足するまで、このままでいさせてね」

「あぁ。満足するまでこうさせてくれ」


 僕らは、決して離れようとはしない。

 僕はアマガミさんの。

 アマガミさんは僕の。

 この抱擁がもう友達の域を超えていることを互いに理解した上で、僕らはそれでも求め合った。

 互いの熱を。

 互いの愛情を。

 このまま時間が止まって、ずっとキミとこうしていられればいいのに。


「最後にもう一回だけ。――誕生日おめでとう。ボッチ」

「うん。最高の誕生日をありがとう。アマガミさん」


 高校一年生の誕生日は、こうして好きな人に祝われながら幕を閉じた。

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