第118話 『 誕生日おめでとう。ボッチ 』
「た、ただいま」
「ようやく帰ってきたな」
アルバイトから帰って来ると、何故かアマガミさんは玄関で胡坐をかいていた。
おそらくは僕を待っていたのだろうが、でもその顔には不機嫌というか少々苛立ちが見える。
「……その。ずっと
「あぁ。ちなみに、どうしてあたしがここで待ってたと思う?」
短く答えたアマガミさんは肩眉を吊り上げながら僕にそう問いかけてきた。
僕はその圧に若干気圧されながら、数秒思案して。
「えっと、早く晩御飯が食べたかったから?」
「確かに腹は減ってるけど、ちげぇ」
「それじゃあ、今日はすごく僕に甘えたい気分だからだったとか?」
「さてはお前、分かってて答え引き延ばしてるな?」
今度はアマガミさんにギロリと睨まれる。僕としては本当に思い当たる節がなく、ただただ困惑するばかりだった。
そんな僕を見かねてか、アマガミさんはどっと重たい息を一つ吐くと、
「――今日、9月何日だ?」
「えっと。10日だね……あっ」
答えた瞬間、ようやく気付いた。
そういえばそうだった。今日は――
「僕の誕生日だったね」
「……正解」
アマガミさんはようやく気付いたか、と呆れながら相槌を打った。
「学校で他の連中から散々祝われたくせに、なんでもう忘れてんだよ」
「あはは。ついうっかり」
苦笑する僕にアマガミさんはやれやれと肩を落とす。
「お前ってやつは本当に、こんな日にバイトなんか入れやがって」
「誕生日といっても特にすることなんてないからいいかなって」
「それであたしに自分を大切にしろって言える立場か?」
「あはは。ごめん。でも、学校で皆からもう十分に祝ってもらったからさ」
「ふーん。じゃああたしからの祝いは要らねぇってわけだ」
少し拗ねた風にそう言ったアマガミさん。僕はその瞬間、気付くにはあまりにも遅いけど、彼女がこうして僕の帰りを待っていた理由を察した。
「……もしかして、僕のこと祝ってくれようとしたの?」
「……ふんだ。ボッチはあたしなんかに言われれても嬉しくね……」
「そんな訳ない!」
「――っ!」
アマガミさんの言葉を区切るように強く否定した僕は、乱暴に靴を脱ぎながら彼女の手を握った。
「アマガミさんに祝ってもらえるなんて嬉しいに決まってる。……僕のことずっと祝ってくれようとしたのに、今まで気づかなくてごめんね」
「そ、そんな顔すんなっ。あたしはべつに、気付かれなかったことに怒ってる訳じゃねえよ。つか、今まで言うタイミング見計らってて結局こんな時間になっちまったあたしがバカなのか。だからボッチは何も悪くねぇよ。むしろ、誕生日の奴に謝られるこっちが申し訳なくなる」
アマガミさんは「片意地張らずもっと早く言えばよかった」と自嘲気味に笑った。
それから、アマガミさんは僕に向かって優しく微笑を浮かべると、
「誕生日おめでとう。ボッチ」
「――うん。ありがとう。アマガミさん」
生まれてきたことを祝福してくれた大切な彼女に、僕は満面の笑みで応えた。
既に胸は感謝と幸福でいっぱい。けれど、どうやらまだこの時間は終わらないようで。
「今は……22時か」
「アマガミさん?」
「ボッチ。今から日付が変わるまでの2時間をあたしにくれないか? いや。もらうぞ」
「えっと?」
言葉の意味がうまく理解できず小首を傾げると、アマガミさんは僕を真っ直ぐに見つめながら――
「今から、やろうぜ。誕生日会。ボッチのさ」
「――うん。分かった。それじゃあ、お願いしてもいいかな」
「よし。それじゃあ今から2時間だけ。お前の時間をもらうからな」
「ふふっ。はい。喜んで、全部あげるよ」
時刻は既に22時。けれど、まだ日付は変わってはいない。まだ、僕の誕生日は続いたまま。
日付が変わるまで、残り2時間。決して多くはない時間を、僕は大切な人と過ごす――。
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