第115話 『 アマガミさんと誕生日 』

 夏休み明けの9月は気だるげな毎日が続く――なんてことはなく。


「おい朝倉。ちょっと面貸せ」

「すいません僕今ちょっと忙しいんで他当たってください」

「今さっきまでスマホいじってたやつが忙しいわけねぇよなあ?」

「ぐえぇぇ。分かった、付き合うから、だから胸倉掴むのやめてくれぇ」


 適当な事抜かして逃げようとする朝倉を逃がすまいと拘束するあたし。

 降参と白旗を挙げてる朝倉にあたしは舌打ちしてぱっと手を離した。


「……つか、用ってなに? 教室ここじゃダメなやつ?」

「あぁ。ボッチがいるからここじゃダメだ」

「智景がいるから? どういうことだよ?」


 意味が分からないと眉根を寄せる朝倉に、あたしはボッチの様子を窺いながらコイツに言った。


「ボッチ。9月。アイツの友達ならそれで察しろ」

「んなローグルの検索ワードみたいに言われても分かるわけな……いや待て。あぁ、なるほどそういうことね」


 最初は顔をしかめた朝倉だが、数秒後に何か気付いたように相槌を打った。


「そういや、そろそろ智景のたん――」

「ここで言うんじゃねー!」

「うがぁぁぁぁ⁉ 脛がぁぁぁぁぁぁ!」


 朝倉がそれを言うとした瞬間、あたしは思いっ切りコイツの脛を蹴って口を塞がせる。

 それから激痛に悶絶する馬鹿野郎は、あたしに何か抗議するような視線を送りながら、


「お前ぇぇぇ。本気で拗ね蹴りするのはダメだろぉ。これ骨折れてる。絶対折れてる。慰謝料請求すんぞお前!」

「折らすつもりで蹴ったからな。余計なこと言いそうになりやがって。てめぇはもう少し配慮ってものを覚えろ」

「2023年お前に言われたくないオブザイヤー金賞受賞だよ!」

「何訳分かんねぇこと言ってんだ。もう片方の脛も蹴んぞこら」

「このくそヤンキーが⁉」


 心底恨めしそうな目を向けられるも知ったこっちゃねぇ。全く、コイツも少しはボッチを見習えってんだ。

 あたしはやれやれと呆れて肩を落としつつ、改めて朝倉に向かって言った。


「いいから面貸せ。その件・・・でちょっと本気で相談してぇんだよ」

「……ヤンキーのくせに律儀だな」

「安心しろお前にはやらねぇから。ボッチはあたしの特別だから渡すってだけだ」

「……智景好きだろコイツ。はぁ、言っとくけど、貸し一だからな」

「うめぇ棒一本でいいか?」

「やすっ⁉ やっぱ一人で……」

「相談乗らなかったらボコボコにするぞ」

「露骨な脅し止めろ⁉ ああくそっ! 分かったよ! 付き合ってやればいいんだろ」


 こうして、あたしは朝倉を引き連れて屋上へと向かった――。



***



「おいてめぇ。何あたしの気付かぬ間に人増やしてくれてんだよ!」

「いやお前と二人きりとか正直言って耐えられないから。怖くて寿命縮む」

「んだとコラ」

「ぐえぇ。そうやってすぐ首絞めんのやめろっ」


 屋上へと移動したあたしと朝倉の二人だけ――そのはずだったが、どういう訳かいつの間にかもう二人増えていた。

 その追加二人っつぅのは……、


「なんで白縫とそのカレシ連れてきやがったてめぇ」

「いや俺が呼んだのは遊李だけだからっ。なんで白縫来てんだよ?」


 あたしに首を絞められながら二人に訊ねた朝倉に、その二人はお互いの顔を見てからこう答えた。


「そんなの簡単よ。お前から『ヘルプ!』ってメール来たじゃん。それで面白そうだなーって思って萌佳を誘って……」

「すっごく楽しそうな予感がしたから来ちゃった!」


 流石はカップルといったところか、息の合った会話に、しかしあたしはジロリと鋭い視線を向ける。


「おい。悪ぃけど今回はてめぇらの茶番劇に付き合うきねぇぞ。なにせ……」

「分かってるって。ボッチに誕生日プレゼント渡すんでしょ」


 あたしの言葉を遮るようにして言った草摩に、萌佳が続く。


「安心して天刈さん! 私は決して面白半分で相談に乗りに来たわけじゃないから! 天刈さんの悩みは私の悩みでもある。……なら、一緒に真剣に考えないとダメだもんね!」

「相談に乗ってくれんのは素直に有難いけど、相変わらずお前マジでやべぇな」

「えぇ、どこが⁉」

「あたしの悩みを自分の悩みだと思ってるとこだよ⁉」


 なんで親友はおろか友人かどうかすら怪しいあたしにそこまで懐いてくるかねコイツは。

 まぁ、コイツの性格はともかく、女側の意見をもらえるのは貴重な戦力だな。あたしにとっては大助かりだ。それに白縫にはカレシもいるしな。そういうのには詳しいだろう。


 ――『素直に人に甘えようね』


 不意に、あたしの脳裏にボッチの言葉が過った。


「(お前の為なら、何だってやってやる)」


 まだ胸に抵抗はありつつも、あたしはこの状況を飲み込んで本格的に議題を始めることにした。

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