第114話 『 週末のご褒美 』

 二学期が始まってから初めての金曜日を迎えた、その日の夜。


「――――」

「――――」


 いつの間にかリビングはアマガミさんが素直に僕に甘えてくる場所となっていて、今はお互いソファに座りながら手を繋いでいた。

 この時はテレビの音があまり聞こえなくなって、全神経が手に注がれる。


「アマガミさん。お風呂入り終えたらどうする? 一緒にゲームする? それとも漫画読んでる?」

「ボッチと一緒にゲームやりたい」

「ふふっ。分かりました。それじゃあ、今日はモンスタ周回する? モン狩りにする? それともRPG潜る?」

「ご飯にする? お風呂にする? それとも私? のノリで言うなよ」


 苦笑するアマガミさんは、少し悩んだあと、


「じゃあモンスタの周回付き合ってくれ。ちょうど新しいイベント来てたろ。それを運極にしてぇ」

「了解。僕も運極にしようと思ってたところだったし、周回するには丁度いいや」

「ボッチのキャラは全部厳選してあって強えーからな。おかげで楽に周回できる」

「えへへ。一度そういうのやり始めると徹底的に極めたくなるんだよね、僕」

「よく知ってるよ」


 アマガミさんが苦笑しながら頷く。

 入浴後の予定が決まりつつ、僕が空いた片方の手でスマホをイジろうとした時だった。

 不意に、太ももに重たい感触が伝わった。

 視線をそこへ下げてみれば、アマガミさんが僕の太ももに頭を乗せていた。


「……膝枕して欲しかったの?」


 僕の問いかけにアマガミさんは視線だけくれて、


「嫌か?」

「嫌じゃないよ。ただ、今日は珍しく自分から積極的に甘えてきたなって」

「いいだろべつに。一週間頑張ったんだ。ご褒美くらいもらっても」

「ふふっ。そうだね。学校が始まってから一週間。よく遅刻せず頑張りました」

「ボッチが毎日起こしてくれたからだけどな」


 それに苦笑しつつ、


「でも、膝枕がご褒美なんかでいいの?」

「ん。ボッチにしてもらえば何でもいい」

「あはは。安いご褒美だなぁ。言えばバーゲンダッツくらい買ってあげたのに」

「バーゲンダッツよりこっちのほうがあたしにとってはご褒美なんだよ。いいから黙って膝貸せ」

「はいはい。いくらでも、好きなだけ貸してあげるよ」


 ふん、と鼻を鳴らすアマガミさんに微苦笑を浮かべる僕。

 それから、僕は恐る恐るアマガミさんに訊ねる。


「ねぇ、頭撫でてもいい?」

「……好きにしろ」


 アマガミさんは僕のことを一瞥したあと、素っ気なく頷いた。

 許可も得たことで、僕はゆっくりと金髪を撫でていく。


「……こうしてるとなんだか、猫を愛でてるみたいだ」

「不愛想な猫で悪かったな」

「アマガミさんのどこが不愛想なのさ。表情豊かで可愛いよ」

「――っ。あっそ」


 照れたアマガミさん。声にならない叫びが聞こえたあと、どっと重たいため息を吐いた。


「……ふあぁ。ボッチ。撫でるの上手えな。めっちゃ眠くなる」

「気持ちよく思ってもらえて何よりだよ」

「あ、やべぇ、このまま膝で寝そう」

「いいよ。少し寝ても」

「やだよ。せっかくボッチに膝枕やってもらってんだ。堪能してぇ」

「言えばいつでもやるよ」


 そう言えば、アマガミさんは呆れた風に失笑。


「ボッチはあたしを甘やかしすぎだ」

「好きでやってることだからね」

「そういやそーだったな。おかげで、あたしはこの家の中じゃボッチに甘やかされっぱなしだ」

「狂狼のアマガミが借りてきた僕の前だと猫みたいだよ」

「うっせ。あたしをこんな風にしたのはお前なんだぞ」

「嫌?」

「――っ。……嫌じゃない」


 悔しそうに答えたアマガミさんに、僕は思わず笑ってしまう。


「僕も素直に甘えてきてくれるアマガミさん好きだよ。おかげで愛で甲斐があるからね」

「……はぁ。たくっ。この世話焼き好きはとんでもねぇな。人を堕落させる天才だ」

「アマガミさん特化だけどね」

「いや。あたしだけじゃなくその才能は他の奴にも効くね。ボッチに敵う奴なんていねぇよ」


 呆れた風に、脱帽したようにそう言うアマガミさん。

 僕の膝の上で気持ちよさそうに喉を鳴らす彼女に、僕は胸の中で呟いた。


「(その才能が通じるのはアマガミさんにだけでいいよ)」


 僕がこの世界で一番甘やかしたい人は、今目の前で心地よさそうにくつろぐキミなんだ。

 その想いが、無意識に彼女の頭を撫でる手に籠っていく。


「ね、アマガミさん」

「なんだぁ?」


 気だるそうに視線を向けた彼女へ、僕はそんな彼女を映す双眸を愛し気に細めながら、


「これからはさ、もっとこの時間を増やしてもいいかな」

「この時間って……?」

「アマガミさんと、こうして触れ合う時間」

「――――」

「嫌かな?」


 問いかけに大きく見開かれた赤瞳は、数秒の沈黙の後に嬉しそうに揺れて。


「しゃーねぇな。言っとくけど、ボッチだけだからな。あたしに気軽に触れていいのは」

「あはは。それはとても光栄なことだね」

「冗談。――あたしも、もっとボッチに触りたい」


 そしてアマガミさんは僕を求めるように手を伸ばして、頬に触れてきた。その指先の感触が、ただただ愛おしくて。

 絆はより強く。愛情はより深く。僕らに幸せという無二の時間を与えるのだった。




【あとがき】

……ふぅ。マスター。ブラックコーヒー一つ。

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