第113話 『 一緒に帰りたかった 』

 新学期一日目も無事に終了……という訳にもいかず、


「ぜぇ、ぜぇ、ぜぇ」


 僕は今、全速力で家に帰っていた。

 どうしてか。その理由は家に着いてから説明しよう。

 そして、ほどなくして家に着いた僕は、既に開錠されている扉を引いて家の中に入った。


「だっはー。疲れる!」


 運動なんて体育の時くらいしかしないので体力はほぼ無いに等しく、僕は玄関で膝に手をつきながら死にかけのように息継ぎを繰り返す。

 ようやく息が整うと、僕は靴を脱いで急ぎ足でリビングへと向かった。

 そして――、


「ちょっとアマガミさん! なんで先に帰るのさ!」

「――――」


 既に家に帰ってソファーでくつろいでいたアマガミさんに向かって、僕は憤慨した。

 ぷりぷりと頬を膨らませる僕に、アマガミさんは気まずげに視線を逸らしながら答えた。


「……べつに一緒に帰る約束なんてしてねぇし」

「それはそうだけどっ。でも同じ家に住んでるんだから、一緒に帰るのは当然じゃないかな! しかもなにこのメッセージ! 『先帰る』って!」


 放課後にそれが送られた瞬間、アマガミさんは脱兎の如く勢いで教室を飛び出して先に帰ってしまったのだ。僕に何の説明もせず。


「なんで一緒に帰らなかったのか、説明してもらえますか!」

「ち、近いっ」


 ぐっと顔を近づけながら追求すると、アマガミさんは顔を赤くして身を縮めた。

 中々にレアな上に可愛い反応だ。しかし、憤慨している僕は追求の視線を緩めない。


「なんで?」


 迫れば、アマガミさんは口を尖らせて、羞恥心を一杯に瞳に湛えて答えた。


「……だ、だって。一緒に帰ってるところ見られたら、ハズイ」

「? もう何度も一緒に帰ってるじゃん」


 それは今更では? と眉根を寄せる僕に、アマガミさんは今度は声を荒げて訴えた。


「ぼ、ボッチと一緒に帰ってる所見られて、それで同じ家に住んでるのバレたらどーすんだよ!」

「その時はその時で諦めようよ」

「い、今更だけど! 同じクラスの男子と一つ屋根の下で一緒に暮らしてるとか、チョーヤバい状況じゃねえか⁉」

「ホント今更だね」


 夏休みマジックが解けたようで、僕らの現状の異常さに驚愕するアマガミさん。

 苦笑する僕を尻目に、アマガミさんは頭を抱えながら戦慄していた。


「そう考えだしたら恥ずかしすぎて一緒に帰るとか無理になっちまった! ボッチに絆されてるあたしなんか見られたら、メンツが終わる⁉」

「確かにメンツも重要だけど、絆されてるっていう部分はもう手遅れじゃない? アマガミさん、もう散々僕に甘えてるじゃん」

「ボッチが甘えさせ上手なのが悪いんだろ!」

「それじゃあアマガミさんは僕に甘えるのは嫌い?」

「好きに決まってるだろ!」


 即答されるとやはり嬉しいもので、つい頬が緩んでしまった。

 そんな僕にアマガミさん「喜ぶな!」と睨んでくる。

 コホンッと咳払いしつつ、僕はジッと彼女を見つめながら問いかけた。


「アマガミさんは僕と一緒に帰りたくなかった?」

「帰りてぇよ! ……でも、やっぱ、周りに変な噂が流れんのはボッチは嫌だろ」

「嫌な訳ないし、気にしないよ」

「――ぁ」


 不安げに揺れる赤瞳。顔を俯かせたアマガミさんの手を、僕は優しく握った。


「べつに、僕らが気にしなければ周りにどう思われようが関係なくない?」

「……それは、そうだけどよぉ」


 アマガミさんは僕の手を握り返すことはなく、ただもじもじと躊躇う素振りをみせる。


「僕はアマガミさんと一緒に帰りたかったな。買い物だって一緒に行こうと思ってたんだよ?」

「それは……うっ、悪ぃ」

「アマガミさんは周囲の目を気にするような人だったっけ?」


 僕が知っている彼女は、いつも孤高で、周囲にどう思われようが気にせず我が道を行く人だ。

 きっとそれは、今も変わっていないと思う。

 優しく、けれど追い詰めるように訊ねれば、アマガミさんはギリッと奥歯を強く噛んで、


「周りなんて、どうでもいい。あたしは、あたしだ。あたしのやりてぇことをする奴だ」

「でしょ。なら、そんなアマガミさんは、本当は今日、どうしたかった?」


 子どもを優しく諭すように、けれど絶対に嘘は吐かせぬ圧を孕ませながら尋ねれば、アマガミさんは僕の手をそっと握りながら、


「い、一緒に、帰りたかった」

「誰と?」

「そ、そこまで言わないとダメか?」

「うん。全部答えて」

「うぅ。ボッチ、イジワルだ」


 羞恥心に耐え切れないとでも訴えるように、真っ赤にした顔を腕で隠すアマガミさん。

 そんな姿が、可愛くて仕方がなかった。


「……ボッチと、一緒に帰りたかった」

「うん。僕もアマガミさんと一緒に帰りたかった」

「……悪ぃ」


 ようやく握り返してくれた手をぎゅっと強く握りながら、僕は本音を吐露してくれたアマガミさんに微笑みを浮かべる。


「じゃあ、明日からは一緒に帰ろうか」

「……めっちゃハズイんだけど」

「まだ言うか。一緒に帰らないなら夕飯健康志向一択の料理にするからね」

「それだけは勘弁してくれっ⁉ ……はぁ。分かった。帰る。一緒に帰ればいいんだろ」

「うん。約束だよ」


 周囲の目の様子を窺うよりも、傍でキミと笑っていたい。

 アマガミさんの事を好きだと自覚してからは、それがより顕著になった気がする。

 心がキミと離れることを拒むから――、


「ねぇ、アマガミさん。もう少し、手繋いでてもいいかな?」

「いいぞ。あたしも、ボッチの手握ってたい」

「じゃあ、一緒に帰れなかった時間分。アマガミさんの手を握らせてもらうね」


 僕の気持ちに呼応するように、彼女も素直な気持ちを吐露して温もりを求める。

 静かな部屋の中。僕らは互いが満足するまで、手を握り合っていた。


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