第112話 『 二学期の始まり 』

「あっ。おはっす委員長~」

「おはよー。新学期もよろしくね」


 教室に入るとクラスメイトに声を掛けられて、僕は笑みを浮かべながら手を振る。


「お。智景来たな」

「おはよう海斗くん。それに遊李くんも久しぶり」


 夏休み明けに見る友達の顔に安堵しつつ、僕は雑談していた二人に交じる。


「ああん! 天刈さん久しぶり! 夏休みは会えなくて寂しかったよー!」

「新学期早々抱きついてくんな⁉ ええい鬱陶しい奴だなお前は相変わらず!」


 後ろの席では約一ヵ月ぶりにアマガミさんと再会した白縫さんがハート乱舞させながら抱き着いていた。僕らはそんな光景に苦笑しつつ、


「それで二人は夏休みはどうだった? 充実できた?」

「もち。俺は萌佳と旅行行ったし海と花火大会にも行ったわ。あ、そうだった。ほいこれ、ボッチにも旅行土産渡しとくね」


 遊李くんから渡された旅行土産は、たこ焼きの刺繍が施されたハンカチだった。


「わあ。ありがとう。旅行先ってもしかして大阪?」

「そうそう。新幹線じゃなくて夜間バスで行ったんだけど、あれはあれで駆け落ちしたみたいで盛り上がったわ」

「あはは。二人の交際が順調そうで何よりだよ」

「俺と萌佳はオールウェイズラブラブよ」


 どうやら夏休みは恋人と充実した日々を過ごしていた模様の遊李くん。

 そんな彼を羨ましく思いつつ、僕は次に海斗くんに話題を振る。


「海斗くんはどうだった? 水野さんと、少しは距離を縮められた?」

「ボチボチってところ……とは言いにくいな。結局夏休み中は水族館以外はどこにも行かなかったし、会うのは本を借りる時くらいだった」

「千里の道も一歩からって言うしね。海斗くんのその努力は決して無駄にはならないと思うよ」

「はは。だといいけど」


 水野さんとの進展意外は充実した夏休みを過ごしていたようで、遊李君と同じように他の友達と海や花火大会に行ったらしい。

 二人とも夏休みは満喫できたようで何より、と自分事のように嬉しく思っていると、遊李くんが僕に問いかけてきた。


「んでボッチの方はどうだったのよ。夏休み。天刈さんとどっか行けた?」

「あはは。残念ながら今年はどこにも行けなかったよ」

「その割にはあんま残念そうな顔してねぇな?」


 僕の態度に怪訝に眉根を寄せる二人。

 確かに二人の思惑通り、僕はあまり悔しそうな顔をしていない。その理由も明確にあるのだが、今は明かすことはできない。


「(実は夏休み中にアマガミさんと同棲し始めた、なんて言ったら根掘り葉掘り追求される挙句、一週間はこの話題で持ち切りになりそうだからなぁ)」


 別に二人に伝えても問題はないんだけど、できる限りこの件は内密にしておきたかった。面倒ごとになりそうなのは確実だしね。


「今年はダメでも、来年は一緒に色々な所に行こうって約束したからさ。だからあんまり残念だとは思ってないんだ」


 アマガミさんとした二人だけの小さな花火大会を思い返りながら言えば、そんな僕を二人は神妙な顔で僕を見つめていた。


「……智景。お前、天刈と何かあった?」

「へ? ……いや。別に何もないけど」


 同棲の件が脳裏に過りながらも首を横に振れば、しかし海斗くんと遊李くんは「いやいや!」と急に眼を白黒とさながら僕に迫ってきて、


「いやいや! 絶対何かあったろ⁉ 智景のそんな顔今まで見たことねえぞ!」

「そんな顔ってどんな顔なのさ?」

「この夏にかけがえのないものを手に入れた顔してる!」


 妙に鋭いなこの二人。

 僕はぎこちない笑みを張り着かせながら、これ以上追求されるのはマズイと直感的に悟り二人に気付かれないよう後退していく。……が、呆気なく羽交い締めされてしまった。


「待て逃がさんぞボッチ!」

「そーだ! マジで夏休みの間に何があった⁉ 吐け! 俺たちに洗いざらい吐け!」

「ぐえぇぇぇぇ。や、本当に何もなかったから! もう全然! これっぽっちもなかったから!」

「何か隠しごとしてる奴が言う台詞じゃねえかそれ! 全部言うまで絶対に逃がさないからな⁉」

「あ、アマガミさーん! 助けて~~~~!」

「「おいそこで天刈 (さん)召喚するのは卑怯だぞ⁉」」


 二人に拘束された僕の悲痛な叫びを聞きつけて、アマガミさんが白縫さんとの会話を中断して鬼のような形相で迫って来る。


「てめえら二人、あたしのボッチイジメてんじゃねえぞ!」

「「ぎゃあああああああああ‼」」


 僕の召喚に応じたアマガミさんは、そのまま海斗くんと遊李くんの頭にゲンコツを振り下ろした。

 みっともなく女子の背中に隠れる僕と、憤慨するアマガミさん。しくしくと泣く海斗くんと遊李君を見て、白縫さんはけらけらと笑う。


 ――かくして、僕らの騒々しい日常が返って来たのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る