第109話 『 灯る花火と開花する〝恋心〟 』

 夏休みも残るは二日。


「アマガミさん。線香花火やらない?」

「…………」


 夜。ソファーでスマホゲームをやっているアマガミさんに、僕は手持ち花火が入った袋を掲げながらそんな提案した。

 アマガミさんはきょとんとした顔で何度か目を瞬かせて。


「……べつにいいけど、いつの間に買ったんだ?」

「昨日のバイト帰りに。コンビニに見つけて寄った時に買ったんだ」


 いまだ状況をうまく飲み込めていないアマガミさんに簡略的に経緯を説明しつつ、


「ね! いいならやろうよ! もう準備できてるからさ」

「随分と手際がいいな。もしあたしが断ってたらどーするんだぁ?」

「あはは。その時はその時。しくしく片づけるよ」

「じゃあそんなことボッチにはさせられねぇな」


 アマガミさんはスマホをソファーに置くと、めんどくさそうに後頭部を掻きながら立ち上がった。

 それから、アマガミさんは小鴨のように僕の後ろをついてくる。

 庭に出た僕らは、早速、線香花火をそれぞれ一本手に持って火を点けた。


「おー。結構綺麗なもんだな」

「だね。小さいけど、すぐ間近で花火が見られるのが乙だよね」


 最初はあまり乗り気でなかったアマガミさんも、花火の光を見ると少しだけテンションが上がった。

 彼女が楽しんでいる光景に微笑していると、ふいに彼女が僕に視線を向けて問いかけてくる。


「……そーいや。なんで急に花火なんかやりたいって思ったんだ?」


 僕は彼女のその問いかけに一瞬だけ間を置くと、視線を散り続ける花火に移して答えた。


「アマガミさんとね。夏の思い出が欲しかったんだ」

「思い出?」

「うん。ほら、僕らって今年の夏はあまり一緒に遊べなかったでしょ」

「……あぁ。悪ぃな」

「べつに責めてるわけじゃないよ。事情が事情だしね。仕方がないことだと理解してる。でもね、やっぱり今年の夏は、もっとアマガミさんと一緒に居たかったんだ。……まぁ、数週間前からほぼずっと一緒にはいるんだけどね」


 本音を吐露していく僕に、アマガミさんは無言のまま、ただ静かに聞いていた。


「けど、できれば花火大会とか、プールとか、遊園地とかどこでもいい。アマガミさんと行きたかった。夏の思い出ってやつが欲しかったんだ」

「それで、手持ち花火これをやろうと思ったのか」

「端的にいえばそうかな。花火大会の代わりにこんな小さな庭で二人きりの花火だけどね」

「あたしと二人きりは不満か?」

「まさか。すごく嬉しいよ。ずっと言ってるけど、僕は海斗くんたちとか皆での思い出とはべつに、アマガミさんと僕だけの思い出が欲しかったんだ」

「はは。なんだそれ。どんだけあたしのこと好きなんだよ」

「僕の大切な人だから。アマガミさんは」


 互いの花火の火が消える。また一本手に持って火を点ければ、小さな花火が僕らを照らした。


「今年はボッチにめちゃくちゃ世話になっちまったな。住む家まであたしにくれて、色んなもんたくさんもらっちまった。こんな風に、思い出も」

「全部僕がしたくてやったことだから。アマガミさんを甘やかすの、僕好きなんだ」

「はは。身を通して知ってるよ。本当にお前は変わってるな」

「変わっててもいい。アマガミさんの隣にいられるならね」

「安心しろ。ずっと傍にいてやる。ボッチがあたしのこともう無理ぃ! って泣くまでな」

「じゃあ、ずっとアマガミさんは僕の傍にいてくれるんだね」

「はは。嫌う気ゼロかよ」

「当たり前でしょ。アマガミさんのことを嫌いになるなんて絶対にありえないよ」


 そんな未来はきっとやってこない。そう断言できる自分にも驚いたけど、それを確信している自分がいることに可笑しくなって、思わず笑ってしまった。見れば、アマガミさんも苦笑していた。

 来年も、再来年も。この先も――願うことなら、ずっと。アマガミさんの隣にいたい。

 花火はまだ、灯り続ける。儚くも小さな光。けれど、とても美して。


「アマガミさん」

「なんだ?」

「来年はプールも花火大会も一緒に行こうね。約束だよ」

「……はぁ。たくっ。しょうがねぇな。あんま乗り気しねぇけど。あたしのことが好きでたまらないボッチに付き合ってやるか」

「うん。付き合ってよ。そして来年はたくさん二人の思い出を作ろう」

「来年はボッチに振り回されんのかぁ。ま、悪くはねぇ」

「ふふっ。たくさん振り回すから覚悟してね」


 花火の灯りを頼りに、微笑む彼女を見つめてそう誓う。

 それと同時。僕は小さな声音で。それこそ彼女には聞こえないほどの声音で、呟いた。


「――好きだよ。アマガミさん」


 僕がアマガミさんと同棲を始めてようやく気付いた、僕の本音。

 それは――アマガミさんを友達ではなく〝異性〟として好きなんだということ。

 僕の中で彼女に芽生えていた友情は、ようやく〝恋情〟へと開花したのだった。

 



【あとがき】

夏休み編も残る数話。そして遂にアマガミさんの事を好きだと自覚したボッチ! 今後の展開にますます目が離せませんね!


来年の話があるということは? もしや……? もしやもしや……⁉

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