第97話 『 掴んで、離さないから 』

 マスターから休憩の許可をもらった僕は、そのままアマガミさんを連れて近くの公園まで移動していた。


「はい。これ」

「……お、おう。ありがとな」


 屋台で急遽作ったカフェオレをアマガミさんに渡せば、ぎこちないお礼が返ってくる。

 久しぶりの再会に緊張しつつも、僕はアマガミさんの隣にゆくりと腰を下ろした。


「……えっと、改めて、お久しぶりです」

「……おう。久しぶり」


 アマガミさんは僕には目を合わせずに応じる。

 聞きたいことは山ほどあって。けれど何から触れればいいのか分からずに沈黙してしまう僕。蝉たちの合唱がやけに騒がしく聞こえる中で、僕は一つずつ、アマガミさんに訊ねていった。


「夏休みは、どうやら忙しかったみたいだね」

「……あぁ」

「ずっとバイトしてたの?」

「あぁ。ずっとバイトしてた」


 僕の質問に淡泊に答えていくアマガミさん。彼女は一度乾いた喉を潤すべくカフェオレを飲むと、小さな声で謝罪した。


「……その、悪かったな。ずっと既読無視して」

「いや。もう気にしてないよ。こうしてまたアマガミさんの顔見れたわけだし。心配だったからメール送ってたけど、元気そうで一安心だ」

「ははっ。やっぱボッチは相変わらずボッチだな。いつも通りで安心したわ」


 力弱くも、ようやく笑みをみせてくれたアマガミさんに僕はほっと安堵の息を吐く。


「アマガミさん。少し痩せた?」

「んあ? あぁ、そうかな。べつに何も変わんねぇと思うけど」

「いや痩せた……というより、やつれてない?」


 アマガミさんの顔をジッと凝視すると、やはり見間違いではなく目の下に隈や若干だが頬が凹んでいた。



「あ、あんまじろじろ見んなっ」

「照れてる場合じゃないよ。……相当、無茶したんでしょ」

「――――」


 僕の言及に、アマガミさんは気まずそうに視線を逸らした。どうやら、僕の想像通り相当無茶して働いていたらしい。

 どうしてそこまで必死に働いていたのか、思い当たる節は全くないが、ただ目下にヒントらしきものがあった。


「……そこまで働いてた理由と、その大きなカバンは何か関係あるのかな」

「――っ」


 僕が指摘すると、アマガミさんは分かりやすく頬を引きつらせた。

 見れば、カバンは二つ。おそらくはプライベート用の大きなカバンと、そしてもう一つは学校の鞄だった。


「もしかして家出でもしたの?」

「――ちがう」


 可能性としては最も高そうな推測を挙げれば、しかしアマガミさんはふるふると首を横に振った。

 さっきからずっと、アマガミさんは辛そうな顔をしてばかりで僕と目を合わせようとはしない。

 その姿がまるで、大きな悩みでも抱えているみたいに見えて。

 暗い顔のアマガミさんは、見るに耐えなかった。



「何か辛い事情があるなら、僕に話せることなら話してよ。アマガミさんの為なら何でも相談に乗る。何でも協力するから。だから、お願いだからそんな辛そうな顔はしないで」

「べつに、辛くなんかねぇよ。それに、これはボッチにだけは頼りたくねぇことなんだ」


 嗚咽をこぼすようにそう吐露したアマガミさんに、僕は無理解を示すように眉根を寄せる。


「僕にだけ頼れないって、どうして?」


 知りたいから問いかければ、アマガミさんはそれまでの静寂が嘘のように声を荒げた、


「ダメなんだよこれだけは絶対に! ここでまたボッチに頼ったら、あたしは今度こそお前から離れられなくなる! お前に頼らないって、そう決めて連絡無視してたのに……ホントはずっと声が聞きたくて、お前に会いたくてたまらなかったのにっ……それを全部押し殺して頑張ってきたあたしを全部否定しちまう! ……お前の優しさに、甘えてばかりじゃいられねぇんだよ。これだけは独りで解決しなきゃ、ダメなんだ」


 その葛藤が僕と会わなかった理由だったらしい。

 アマガミさんは、僕に頼らず自分だけで解決することが正しいと、そう思い込んでいた。

そんな独りよがりの感情を吐いた彼女に、僕はギリッと奥歯を噛むと――、


「……ばか」

「――ぇ」


 あらゆる激情を押し殺して、僕は咄嗟にアマガミさんの頭を己の胸に抱き寄せた。

 驚愕に声を失う彼女に、僕は声を震わせながら言う。


「そんなばかみたいな理由で、なんで僕に何も言わず勝手に苦しんでるのさ。僕にこれ以上甘えられない? ふざけないでよ。僕がアマガミさんを甘やかしてるのは、僕が好きでやってることなんだ。もっと一緒にいたいって思ってるのに、なんで離れようとするのさ。それとも、アマガミさんは僕のこと嫌いなの?」

「ちがっ……ボッチを嫌いになるわけなんてねぇだろ!」

「なら頼ってよ。僕を。他に相談できる相手がいないなら、アマガミさんがまず真っ先に頼るべきは僕なんじゃないの?」

「……でも、絶対に迷惑かけるから」


 まだ言うか。

 僕はどっと重たいため息をこぼすと、一度抱きしめていたアマガミさんを解いた。それから微笑を浮かべて、


「僕がこれまで、アマガミさんのことを迷惑だって感じたことあると思う?」

「――おも……」

「ないよ。一度も」


 思う、と言いそうだったので遮るように強く言い切れば、僕は不安げに瞳を揺らす彼女の頭にぽん、と手を置いた。


「いいんだよ。好きなだけ僕のことを頼って。僕はこれまでも、これからもずっと、アマガミさんの事を迷惑だと思うことは絶対にないから」

「――――」


 キミといる時間が何よりも心地いいことを知っているから、離れたくない。

 もう、何も言わずに離れられるのは御免だ。

 後悔はもうしたくない。

 だから、僕はもう一度掴めた手を絶対に離さない。


「僕は、ずっとアマガミさんの味方だ」


 全身全霊で想いを伝えれば、ようやく僕を拒絶しようとした彼女の心が開かれて――


「実は――」


 そして、僕はアマガミさんの過去を知る――。

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