第96話 『 突然の再会 』
――八月も下旬に差し掛かるが、相変わらずアマガミさんと会えない日々が続く。
けれど、だからといって落ち込んでいる暇はなかった。
「いらっしゃいませー。はい。カフェモカかき氷一つと小豆抹茶かき氷一つですね。少々お待ちください」
本日。僕はバイト先がお祭りで出店している屋台で働いていた。
「はい智景! カフェモカかき氷と小豆抹茶かき氷一つずつ!」
「もらいます! ――お待たせしました。こちらカフェモカと小豆抹茶になります」
「「ありがとうございまーす」」
「お祭り、楽しんでいってくださいね」
同じスタッフの灰原さんからカップにてんこ盛りのかき氷を受け取ると、そのままお客様にお渡しする。
直前のお客さんを最後にようやく列が途切れると、僕と灰原さん、そしてもう一人のスタッフとマスターの計4人は同時にどっと深い息をこぼした。
「やー。ようやく落ち着いたねー」
「相変わらず昼時の忙しさハンパないっすよねー。まこんだけ暑かったらかき氷食いたくなりますわな」
「ですねー。あー、でもめっちゃ疲れたぁ。私汗だくだくですよー」
「あはは。お疲れ様です」
スタッフ同士で午前中の激闘を労いながら、扇風機の前に集合。束の間の休息を堪能する。
額からこぼれる汗をタオルで拭いていると、大学生スタッフの若松さんが急に僕に向かて謝ってきた。
「それにしても、帆織くんごめんね。詩音が風邪引いたばかりに急にヘルプ頼んじゃって」
「あ、全然気にしないでください。僕も家にずっといて暇してましたから」
「そう言ってもらえるとホント助かるよ~」
キミはいい子だねぇ、と若松さんに頭を撫でられる。そんな光景を現在フリーターの灰原さんが羨ましそうに眺めていた。
「いいなぁ智景。若松ちゃーん。俺の頭も撫でてよぉ」
「は? 普通にキモイんですけど、セクハラで訴えますよ?」
「冗談だって。だからそんな汚物でも見るかのような目で睨まないでくれ。メンタル終わる」
「はぁ。冗談は存在だけにしてくださいよ」
「存在も認められてないとかマジで泣くよ俺⁉」
そんな二人のやりとりを僕とマスターは微笑ましそうに眺めていた。
「ところで、若松さん。僕すごく汗かいてますけど大丈夫ですか?」
「平気平気。灰原の汗はキモイけど帆織くんの汗は清潔だから。おねーさん全然気にしないよー」
「はぁ。それならいいんですけど」
「それにあたしも超汗掻いてるし今更でしょ。あ、何ならおねーさんが汗拭いてあげようかぁ?」
ニヤニヤと意地悪な笑みを浮かべながら訊ねてくる若松さんに、僕ははぁ、と嘆息を吐いて言った。
「若松さんに拭いてもらうようなほど子どもじゃありません。それよりちゃんと水分取ってくださいね。屋台の中に居るとはいえ蒸し暑いことに変わりないんですから、しっかり熱中症対策はしてください」
「わお。冷静に対応された上に体調まで心配された。いつも思うけど、帆織くん本当に高校生? 大学生の私よりちゃんとしてるじゃん」
「むしろ若ちゃんが大雑把すぎ……」
「黙れ就職三日目で辞めたフリーター」
「心と足に大ダメージ⁉」
ドスの効いた声とともに踵蹴りが灰原さんの足に振り下ろされ、灰原さんの絶叫が屋台に響く。
「ああぁん。帆織くんはあーんなダメフリーターになっちゃダメだからねー」
「うぅ。俺だって頑張ってるのに。俺が辞めたらこの店は終わりなんだからね! ねオーナー!」
「そうだねぇ。灰原くんがいなくなるとすごく困っちゃうねぇ」
でしょ! とドヤ顔を向けてくる灰原さんに、ジト目を送る若松さんが淡々と言い返す。
「アンタなんかいなくても美月さんがいるから平気っだつーの」
「あの人と俺を比べないで⁉」
あっかんべー、と舌を出す若松さんに、灰原さんは「これ以上惨めになりたくない」と嘆く。
「ちょっと若松さん言い過ぎですよ。見てください、灰原さん膝抱えて落ち込んじゃったじゃないですか」
「心配しなくていいんだよー帆織くん。この人はどうせ今日あったことなんて家に帰って酒飲んだらぜーんぶ綺麗さっぱり忘れてるんだから。……現実逃避する為になっ」
ケッ、と顔をしかめながら唾を吐く若松さん。この人、本当に灰原さんのこと嫌ってるよなぁ。何か事情がありそうだけど、教えてはくれなさそうだ。
僕はやれやれと肩を落とすと、若松さんの代わりに灰原さんを励ました。
「灰原さん。元気出してください。僕は灰原さんのことをこのお店になくてはならない存在だと思ってますから」
「……ぐすん。べつにお世辞なんていらなもん。どうせ俺は八雲さんの下位互換ですよーだ」
「そんなことありませんよ。美月さんは確かにキッチンとホール全てこなせる完璧な人ですけど、でも灰原さんには灰原さんの良さがあるじゃないですか」
「……例えば?」
「一緒のシフトの時はすごく頼り甲斐があるし居ると安心します。それに調理もすごく早いですし的確じゃないですか。僕、いつも灰原さんのこと見習ってますよ!」
「うおおおお! ありがとう帆織! お前は俺の心の精神安定剤だー!」
「ちょっと。抱きしめるのは勘弁してください。汗がベトベトで気持ち悪いです」
「慰めておいてそこは辛辣⁉」
とにもかくにも元気を取り戻してくれたくれたようで一安心。
抱きついてくる灰原さんを精一杯引き剥がそうとしていると、その光景を眺めていた若松さんがボソッと一言呟いた。
「……高校生に慰められる社会人とかマジないわー」
若松さんを見れば本気で引いた目を灰原さんに向けていて、僕は頬を引きつたらせる。
そうしてお客さんが来ない間の休憩時間を過ごしていると、
「すいませーん。注文いいすっか」
「あ、すみません。お待たせしました……えっ⁉」
いつの間にか受け付けの前で待たせてしまっていたお客さんに遅れて気が付くと、僕は慌てて振り向く――振り向いた瞬間。声を失った。
そして、それは僕だけでなく、眼前のお客さんも同様で。
僕と彼女は互いの顔を見つめながら、ほぼ同時に相手の名前を叫んだ。
「アマガミさん⁉」
「ボッチ⁉」
思わぬ再会に驚愕に目を剥く僕ら。
「おや、帆織くんの知り合いかい?」
小首を傾げながら尋ねてきたオーナに、僕はぎこちなく頷く。
「は、はい。同じ高校のクラスメイト――って逃げないでよ!」
「は、離せボッチ!」
「やだ! 絶対に離さない!」
マスターにアマガミさんのことを説明しようとした瞬間、逃げようとする彼女に僕は咄嗟に手首を掴んで引き留める。勢い余って受け付け台にみぞおちをぶつけるも、決して逃がさないという意思がアマガミさんの手首を掴んで放しはしなかった。
「すいませんマスター! 少しだけ休憩もらってもいいですか⁉」
「好きなだけ取りなさい。こっちは私たちでうまく回しておくから」
切羽詰まった僕の顔を見てか、マスターは事情をすぐに察してくれると、親指を力強く立たせながら頷いてくれた。そして後ろを見れば、灰原さんと若松さんもマスターと同様に親指を立てて僕を応援してくれていた。
そんな先輩たちに背中を押されながら、僕は奇跡的に再会を果たせたアマガミさんと向き合い、
「――既読無視した理由、教えてもらうからね」
「――っ。……わーったよ」
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