第95話 『 お前に会いたい 』

 思い出すのは、あの優しかった手の温もり。


 幼い頃に両親を交通事故で失くしたあたしを引き取ってくれたのは、お父さんの母――あたしにとってのお婆ちゃんだった。

 突然一人ぼっちになったあたしの手をお婆ちゃんは優しく、けれど決して離さないからねとでも言ってくれているように強く握り続けてくれた。

 お婆ちゃんは、あたしの唯一の味方だった。


 ――『愛美ちゃんの髪はサラサラで綺麗だねぇ』

 ――『お婆ちゃんあたしの髪撫でるの好きだよな』


 あたしのこの金髪を褒めてくれたのも、お婆ちゃんだけだった。


 ――『愛美ちゃん。ご飯できたよ』

 ――『婆ちゃんのメシうめぇ』

 ――『ふふっ。ゆっくり噛んでお食べ』


 お婆ちゃんの作ったメシは、世界で一番美味かった。


 ――『愛美ちゃん。ごめんねぇ。また一人ぼっちにしちゃって』

 ――『そんなこと気にしないでいいから。婆ちゃんは治療に専念してよ。元気になったら、今度はあたしがご馳走作るからさ』

 ――『ふふっ。ありがとうね。本当に優しいねぇ、愛美ちゃんは』

 ――『婆ちゃんのこと大好きだからな』


 お婆ちゃんはいつも、私を心配してくれた。


 あたしの唯一の味方で、あたしが大好きだった人。けれど、お婆ちゃんはあたしが中学三年生の秋に死んじまった。


 入院中、お婆ちゃんはあたしの高校生服を見るのが夢だとずっと語っていた。

 けれど、その夢は叶えてあげられなかった。

 あたしの制服姿を見ずに、天国に行っちまった。

 あたしは、また一人ぼっちになった。いや、今度こそ、正真正銘『独りぼっち』になった。


 そして、あたしは腐っていった。


 元々学校なんて嫌いだったあたしは気が向いた時にしかいかなくなって、いつも起こしてくれた人がいなくなったから余計に朝起きれなくなった。

 メシも適当に済ませて、ダラダラと無意味にゲームをする日々が続いた。

 道を歩けば『狂狼のアマガミ』なんて異名のせいでバカヤンキーども相手をする羽目になって、気晴らしついでにあたしの気が済むまでボコボコにしてやった。


 ――こんなの誰も望んでねぇんだよ。


 そんなことを願っても、孤独のあたしを救ってくれる奴はいなくて、あたしはさらに奈落の底に沈んでいった。


 でも、そんな時だった。


 ――『昨日ね、猫さんと話したんだ』


 あたしに絡んでくる変な奴と出遭ったのは。


 ソイツは隣の席で、あたしのクラスの学級委員長だった。あたしが教室に入ってくると嬉しそうに顔を明るくして、こっちが無視を続けてもお構いなしに話てくる。

 昨日あった出来事や夜に見たバラエティーショーの話。よく遊ぶゲーム仲間の話だったり、自分の好きなものの話。

 こっちの事なんてお構いなしに一方的に喋ってきて、無視されてんのに楽しそうな顔をする。

 鬱陶しかったはず。ムカついてたはず――なのに、心のどこかで、ソイツの話を聞くことに心地よさを覚えていた。

 そうしていつの間にか、ソイツと少しずつ話すようになって、一緒にメシを食ったり帰ったりするようになって、毎日のように遊ぶようになった。


 ――こんなあたしのどこがいいんだよ。


 捻くれてて、素直じゃなくて、皆から恐れられて、ヤンキーのあたしなんか。


 ――どうして、こんなあたしを大切だって言ってくれるんだよ。


 握った手の温もりを忘れられない。優しくて温かくて、あたしを決して離そうとはしない手。


 ――『あたし、ボッチの手、好きだ』

 ――『僕も、アマガミさんの手、好きだよ』


 アイツの手は、お婆ちゃんと同じだった。

 優しくて。温かい。あたしを一人じゃないと教えてくれる手。


 ――『ボッチのメシはマジで美味ぇな! 最高だ!』

 ――『ふふっ。ありがと。ちゃんと噛んで食べないとダメだよ?』


 アイツのメシは、お婆ちゃんに似ていた。

 食べると心がぽかぽかして、心が満たされるような味。


 ――『アマガミさんといる時間は心地いいんだ。だから、アマガミさんの傍にいたいって思ってる』


 あたしも同じだよ。

 お前の傍が心地いい。お前の声が好きだ。いつもあたしをバカみてぇに甘やかすお前に、心が言う事を聞かずにもっと甘えたくなる。

 願うことなら、ずっとお前の――ボッチの傍に居たい。

 そう思ってるはずなのに、自分から離れていっちまった。


「――最悪だ」


 浅い眠りから目覚めると、あたしはカーテンの隙間から差し込む陽の光を遮るように目を腕で覆った。

 らしくもねえ夢を見ちまった。

 お婆ちゃんとボッチを似重ねる夢を。こんなのあたしにとっては、悪夢でしかねぇ。

 その悪夢のせいで、募ってしまった。


「――あぁくそ、ボッチに会いてぇ」


 胸の中に広がる後悔という苦い味に、あたしの目尻から一筋の雫が伝った――。


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