第98話 『 一緒に住もうよ 』
「あたしの両親は幼い頃に交通事故で亡くなったんだ。んで、独りになったあたしを引き取ってくれたのが婆ちゃんだった」
「ちっせぇ頃からあたしのこの性格は出来上がってて、誰にも媚びねぇで生きてきたそんなあたしの唯一の味方は婆ちゃんだけだった。婆ちゃんには唯一何でも話せて、世界でただ一人だけ心を許せた人だった」
「――――」
「そんな婆ちゃんもあたしが中学三年の秋に病気で亡くなっちまってな。それ以来、ずっと二人で住んでたアパートに一人で暮らしてた」
でも、と一度言葉を区切ると、アマガミさんは手元に置いてあるカバンを叩いた。
「そのアパートも経年劣化が問題になって取り壊しになっちまってな。そんで、夏はアパートが取り壊しになる前に少しでも多く稼ごうとバイトしてたっつーわけだ」
「……つまり、これからの住む場所なり生活費を稼ぐ為に働いてたってこと?」
「そういうこと」
なるほど。ようやくその大きなカバンの意味と必死でバイトをしていた理由が理解できた。
正直、アマガミさんの過去が重すぎてまだ飲み込み切れていない事実もあるけれど、それよりもまず第一に優先すべきはアマガミさんの今後についてだ。
「その、一応聞くけど、これからどうするつもりだったの?」
「どうするって……予定なんかねぇよ。それなりに金に余裕はあるから、しばらくはネカフェっつー所かカプセルホテルにでも泊まるつもりだ。行き詰ったらテントでも買って野宿する」
「無謀にほどがあるよアマガミさん」
まさに行き当たりばったりといった感じで、僕は頭痛を覚えたようにこめかみを押さえる。
……今までも無茶してきたのに、この人はこれからも無茶をするつもりなのか。
どうやら、ここで彼女と再会できたのは神様の天啓だったらしい。
「ははっ。ほんとどうっすかなー、これから」
死んだ目でボヤくアマガミさん。唯一の肉親さえもなくなって、その上、住む家さえ失った不幸の連続に遭えば、精神的に不安定になっても無理はない。むしろ、ならないほうがおかしいくらいだ。
これまでは気丈に振舞っていたのだと思うと、余計に胸がギュッと苦しくなった。
でも、今日僕らが再会できたのはやはり神様の天啓。不幸中の幸いというやつなのだろう。
遠く彼方を見つめるアマガミさんを肩を叩くと、僕はニコッと笑いながら言った。
「大丈夫だよアマガミさん。全部無問題だ」
「は? いやいやどうやっても詰んだ状況にいんだろあたし」
アマガミさんは心底理解できていないと眉根を寄せた。
僕は「ちょっと待ってて」と告げて一度席を外すと、ポケットにしまってあるスマホを取り出した。
それから素早く操作すると、とある人物に電話掛けた。
その人物とは――、
「あ、もしもしお母さん。よかった繋がった。忙しいのに急に電話してごめんね。……うん。大丈夫元気にやってるよ。それでちょっと相談事というか頼み事があるんだけど……」
「誰に電話してんだボッチ?」とでも言いたげに眉根を寄せるアマガミさんに心配ないよと手を振りつつ、
「――うん。――うん。分かってる。お説教はお母さんとお父さんが帰ってきたらいくらでも受けます。けど、これだけは許可をください。どうしても助けたい人なんだ。――うん。約束は守るよ。――はい。はい。ありがとう。それとお父さんにも元気だよって伝えておいてね。……あはは。それも了解。お正月楽しみにしてて。すごく可愛い人だから」
スマホ越しに頭を下げて、僕は電話を切った。
ポケットにスマホを仕舞うと、僕はアマガミさんに向かって手を振りながら戻って、
「アマガミさーん。僕の家に泊る許可貰って来たよー」
「はぁ? ……泊るって、それはありがたいけど、でも一日だけじゃどうにもなんねえだろ」
どうやら何か勘違いしているらしい彼女に、僕は微笑みながら告げた。
「何言ってるのさ。一日だけじゃなく、次の家が見つかるまでの間、ずっと僕の家に居ていいよ」
僕の言葉に、アマガミさんは数秒フリーズした後、
「はあ⁉ んなっ、それってあれかっ⁉ つまり――ぼ、ボッチの家にずっと住むってことか⁉」
「そうだよ」
こくりと頷くと、アマガミさんは「いやいや!」と首を横に振った。
「ダメだろそれは! お前に超迷惑かけちまうじゃねえか! つか、その前にお前の親が許可しねぇだ……」
「それなら大丈夫。もうお母さんから許可はもらったよ」
「もらっちゃったのかよ⁉」
さらに驚くアマガミさん。
「うん。アマガミさんの事情説明したら、ちゃんと理解してくれたよ。アマガミさんの次の家が見つかって住めるまでって条件で、許可をもらえました」
それと正月に帰省した時に僕に説教することも加えて。
僕もこれが絶対に正しい判断ではないということは理解しているので、その説教は当然然るべきものとして受け入れている。
まず第一に優先すべきは、僕の保身ではなくアマガミさんの生活基盤を確保してあげること。僕のことは全部後回しでいい。
「……いいのかよ。そんなあっさりお前の家に住んじまって」
「僕は全然構わないよ。それに、僕もあの大きな家でずっと一人でいるのは寂しいから、アマガミさんが住んでくれるとすごく嬉しいです」
「――っ。……お前って奴は本当に、なんであたしの決心が揺らぎそうな事をそう簡単に言うんだ」
「――?」
顔を手で覆いながら何か呟くアマガミさん。僕は小首を傾げるばかりだった。
それから、アマガミさんはわずかに頬を朱くした顔を僕に向けると、躊躇うように瞳を揺らしながら、
「……本当に、いいのか。お前ん家で世話になっても」
「勿論。僕は大歓迎だよ」
手を一杯に広げながら、今の気持ちを躊躇う彼女に伝える。
やがて、アマガミさんはその想いを受け止めたように、或いは観念したように、そっと僕の手を握ってきて。
「なら、行きたい。ボッチの家。ボッチと一緒に住んでいいなら――一緒に、住みたい」
「――うん。帰ろう。僕の……ううん。僕らの家に」
ようやく素直に頼ってくれたアマガミさんの手を、僕は離さぬよう強く握る。
――こうして、僕とアマガミさんは一緒に住む事となった。
【あとがき】
いつも本作を読んで頂きありがとうございます。
まさかの同棲⁉ ……と驚く読者様も多くいるとは思われますが、実はこの展開は当初から決まっていました。プロローグは既にアマガミさんはボッチの家に住んでいる状態でした。あらぁ♡
さて、そんな訳で次回から本格的に【ドキドキ⁉ 同棲編】スタートです。
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