第43話 『 休日もアマガミさんと 』
土曜日。
「すこし早く着いちゃったな」
今日という日を楽しみにしていた僕は、アマガミさんと約束した集合時刻よりも早く着いてしまった。
とりあえず近場で足を休めつつ、僕は意味もなくSNSを開いて今朝のトレンドなりフォロワーの呟きなりを見る。
「くぁぁぁ」
昨日は今日という日が楽しみすぎて、寝入るまで時間が掛かってしまった。おかげで若干瞼が重いけど、それでもやはり高揚が勝る。
「あー。ダメだ。ニヤけちゃうな」
鏡なんて見なくても、今の自分の頬が緩んでいるのが分かった。アマガミさんが来るまでにはどうにか平常運転に戻れればいいけど、この調子だと難しいかもしれないな。
「そういえば、誰かと遊ぶのにこんなにわくわくしてるのいつ以来だろ」
僕は、ふと思い返す。
海斗くんたちと初めて遊んだ時は確かにわくわくしたけど、しかしこれほど胸が高鳴っていた覚えはなかった。
この胸の高鳴り様は、小学校の遠足の時よりも、中学校の修学旅行のどれよりも勝っている気がした。恋人と初デートというわけでもなく、ただアマガミさんという異性の友達と遊ぶだけだというのに。
「これって変なのかな」
でも、この感覚を僕は大切にしたかった。
だって、僕にとってアマガミさんは大切な友達で、特別な人だから――
「あ、いたいた」
遠くから聞き慣れた声が聞こえた気がして思考を中断して振り向くと、僕の方に向かってくる金髪の女子の姿を捉えた。
僕はすぐにそれが誰なのか気付く。
「アマガミさん!」
名前を叫ぶと、彼女は応じるように手を振ってくれた。
「はよ。ボッチ」
「おはよう。アマガミさん」
合流したアマガミさんに笑顔で挨拶する僕。
「朝から元気だなー。ボッチは」
「えへへ。だって今日すごく楽しみだったから」
「なんだぁ? そんなにあたしと遊びたかったのか?」
にやにやと揶揄うように訊ねてくるアマガミさんに、僕は「うん!」と素直に頷く。
「だって休日までアマガミさんと一緒にいられるんだよ! こんなに嬉しいことはないよ!」
「――すぅ」
「? どうしたのアマガミさん。顔を手で覆いながら空なんか仰いで?」
「いや、なんかもう。あれだ。ここまで喜ばれると嬉しさよりも恥ずかしさが勝るなって」
突然天を仰ぎ始めたアマガミさんに小首を傾げる僕。
それから数十秒立って再び顔を見せたアマガミさんは、深呼吸のあとに頬を掻きながら、
「あたしも……あたしも休日にボッチに会えるのは嬉しいぞ」
もじもじと恥じらうように言うアマガミさん。なにこの人めっちゃ可愛いんですけど。
きっとアマガミさんなりに精一杯今の気持ちを伝えようとしてくれてるんだろう。それが、僕は堪らなく嬉しかった。
僕らの間にほのかに立ち込め始める甘い空間。それを霧散させたのは他の誰でもなくアマガミさんだった。
「た、立ち話もなんだし! 早く行こうぜ!」
「そうだね。ここで時間が勿体ないや」
羞恥心が限界に達したのか急かすように促してくる彼女に、僕は微笑みを浮かべながら頷く。
まだ集合したばかりで何も始まっていない。それだというのに、僕の胸はすでに幸せで一杯だった。
「あ、そうだ。アマガミさんのその私服すごく似合ってるよ」
「これか。べつに気合入れて選んだわけじゃないし褒めなくていいぞ」
お世辞は要らねぇ、と失笑するアマガミさんだが、そんなことは決してない。
初めて見るアマガミさんの私服姿は、新鮮さも相俟って非常に魅力的だった。
文字の入ったマゼンタのTシャツに薄地素材の無地のカーディガン。下はショートパンツと春らしいコーデで、てっきりパンク系の服で来ると思っていた僕としては良い意味で裏切られ、ギャップを喰らってしまった。
「スカートも似合いそうだけど、うん。やっぱりアマガミさんはパンツの方が似合ってるね。カッコいいよ」
「あんまジロジロ見んな。ボッチの変態」
「ごめんね。でも私服姿のアマガミさんを見るのが新鮮で、つい見ちゃうんだ」
「……そんなに似合ってるか?」
「うん。とても素敵だと思います」
照れながら訊ねてくるアマガミさんに、僕はありのままの感想を伝える。
するとアマガミさんは「仕方がねぇな」と鼻を鳴らして、
「今日だけ、今日だけ特別だからな。好きなだけあたしを見ていいぞ」
「いいの⁉」
「すげぇ食いつくな。いいよ。今日は日頃のお礼をしに来たんだからな。ボッチにキモイ視線を送られ続けることなんて造作もねぇ」
「できるだけキモイ視線を送らないことは努力します」
「……や。今のは言葉の綾で、ボッチにならいくでらでも見られてもべつに……」
「アマガミさん? 何をぶつぶつ言ってるの?」
「なんでもねえよ! あたしを不快にしないようせいぜい努力しろよな!」
突然顔を真っ赤にして怒鳴り出すアマガミさんに、僕は反射的に「はいっ!」と敬礼で返した。
それから彼女の忠告通りなるべく凝視しないよう注意しながら、少し拗ねている顔を拝む。
「あ、ピアス増えてる」
「お。気付いたか。学校だと両耳に一つずつしか付けてねぇけど、休みの日はこれくらい付けてるんだよ。つっても今日は減らしたけどな」
サラサラな金髪から覗くキラリと光る金属の輪が二つ。それに気づくと、アマガミさんは自慢げにピアスを見せてくれた。
「何個穴開けてるの?」
「左右四つずつだな」
「……結構開けてるね」
「あははっ。気付いたらばかすか穴開けてたわ」
「それって笑い話なの?」
アマガミさんは笑いごとのように話すも、僕からすれば軽く引くレベルの衝撃だった。
でも、アマガミさんを見ているとピアスが異様にカッコよく見える。
「僕もいつかピアス付けてみたいな」
「おっ。なんだボッチも興味あるのか。いいぞ。耳開けるなら先輩のあたしが付き添ってやる」
「いや僕らの高校ピアス禁止だから。するとしても卒業してからじゃないと」
「なんだよつれねぇな。でもボッチがピアスかぁ……ぷぷっ。想像したら笑えてきた」
「むっ。なんで笑うのさ」
「だって、ボッチがピアスだぞ。絶対似合わない。くくっ」
お腹を抱えて笑うほど似合わないかなぁ。
笑うアマガミさんに少しだけ不服気に頬を膨らませていると、ゆっくりと細い指先が僕の耳に伸びて、そして抓んだ。
咄嗟の出来事に驚く僕を、アマガミさんは細めた双眸で見つめていて。
「もしボッチがピアス付けるってなったら、その時はプレゼントしてやるよ」
「……ほんと?」
「あたしに二言はねぇ。そん時は盛大に喜べよな。じゃないと怒るぞ」
「喜ぶに決まってるでしょ」
「ふっ。ならいい」
むしろ喜ばないはずがない。だって、アマガミさんが僕の為に見繕ってくれるのだから。
そんなに光栄なことなんて、他にあるはずがない。
「それじゃあ、約束。僕がいつかピアスする時は、アマガミさんから貰うピアスを最初に付けるね」
「あぁ、約束だ。ボッチの初めてはあたしが貰ってやる」
耳に感じる彼女の指先の熱を感じながら、僕はその日を待ち遠しにするのだった。
【あとがき】
ボッチはアマガミ色に。アマガミさんはボッチに色に染まっていくのが堪んねぇ。
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