第42話 『 アマガミさんとデート?のお誘い 』

 ――とある日の夜。


「アマガミさん?」


 ポコンとメールの通知音が鳴ったスマホに視線を向けると、珍しい差出人に僕は目を瞬かせた。 

 僕は一度ペンを置いて代わりにスマホを持つ。


『今暇か?』

「『暇だよ』っと」


 素早く文字を打って返信すると、すぐに既読マークがついた。


『少し話したいことがある』

「話したいこと?」

『電話していいか?』

「えっ⁉」


 アマガミさんから電話したいなんて言ってきたの初めてだ。

 動揺のあまり手から滑り落ちそうになったスマホを慌てて掴むと、僕は素早く文字を打った。


『いいよ』


 わずかに緊張しながら返事を送ると、すぐにコール音が鳴り響いた。

 ごくり、と生唾を飲み込み、


「も、もしもし」

『よっ。こんな夜更けにごめんな。急に電話して』

「それは全然構わないよ」


 というより嬉しかった。電話越しに聞くアマガミさんの声に感慨深さを覚えていると、何やら嬉しそうな笑い声が聞こえた。


『ふへへ。ボッチの声がすぐ近くに聞こえる』

「~~~~っ!」


 感想が可愛すぎて危うく昇天しかけたんだけど。


『うおっ! どうしたボッチ⁉ なんかバンバン叩く音が聞こえっけど』

「気にしないで。ヘッドバンドの練習してて机に頭ぶつけただけだから」

『なんで電話中にヘドバンの練習してんだよ⁉』

「これも平常心を保つ為です」

『意味分かんねぇ』


 電話越しに呆れ声が聞こえる。

 僕は冷静になるべく一度深呼吸すると、思考を切り替えて「それで」と話を切り出した。


「僕に何の用があるの?」

『あぁそうだった。唐突で申し訳ないんだけどさ、今週の休みって空いてるか?』

「……うん。空いてるけど」


 ぎこちなく頷くと、アマガミさんは『なら』と継いで、


『どっか遊びに行かねーか?』

「…………」

『? おーい。どしたボッチ? 聞こえるかー?』

「あ、ごめん。フリーズしてた」

『今日のボッチはえらく変だな』


 そら変にもなるよ。だって急にアマガミさんに出かけないかって誘われたんだから。

 雪でも降るのかな、と内心で驚きつつ、僕は彼女に確認する。


「遊びに行くって、あれかな。僕の家に来るってこと?」

『違う違う。ショッピングモールとか映画館とか行こうぜってこと』

「なんで⁉」


 仰天する僕にアマガミさんは少し恥じらい気味に答えた。


『なんでって……あー、ほら。あれだよ。あたし、最近ずっとボッチに世話になってるだろ』

「全然そんな記憶ないんだけど」

『いっつも弁当作ってきてくれたり家でゲームさせてくれてるだろうが』


 それはお世話ではなく僕がやりたくてやってることなんだけど。

 内心でそう呟く僕を余所に、アマガミさんが『だから』と続ける。


『いつも世話になってるからさ。たまにはお礼的なことしたいなと思って。それに、前に危険な目に遭わせちまっただろ。その詫びも含めてな』

「あれはアマガミさんのせいじゃ……」

『いやあたしの責任だ。ボッチがなんと言おうとな。これだけは譲らねえぞ』


 電話越しから強い圧を感じた。これではどう反論しようが無意味だ。


『全部込みでさ。ボッチにお礼させてくんねぇかな。あたしなんかと出掛けるのじゃ不服かもしんないけど……』

「そんなことない! すごく嬉しい!」

『そ、そうか。そこまで食い気味に答えられるとなんか照れるな』


 理由はどうであれ、アマガミさんからのお出掛けのお誘いだ。こんなに嬉しいことはない。

 僕の返事はもちろん。


「僕もアマガミさんとお出掛けしたいです」

『うし。なら決まりだな』


 二つ返事で快諾した僕。電話越しからも嬉しそうな微笑が聞こえた。


『あー、それじゃあ集合場所とか明日学校で決めるとして、そろそろ切るわ……』

「ねぇ。もうちょっと話さない」

『…………』


 電話を切ろうとしたアマガミさん。しかし僕は名残惜しくまだこの時間を終わりにしたくなかった。

 懇願に、返事がなく沈黙が降りた。

 トクトクと鼓動を刻む心臓の音を聞くこと数秒、やっとアマガミさんの声が返ってきて。


『あたしも、もうちょっとボッチと話したいって思ってた』

「ふふ。なら話さそうよ」

『仕方ない。寂しがり屋なボッチに付き合ってやるかー』

「むぅ。僕寂しがり屋じゃないもん。どちらかと言うとアマガミさんの方が寂しいがり屋じゃない?」

『おいおい誰に向かってそんなこと言ってたんだ? あたしは狂狼のアマガミ様だぞ? 孤高なんだぞ。全然一人でいられるんだからな』

「はいはい。そういうことにしておいてあげるね」

『ボッチぃ。明日学校で覚えてろよぉ?』


 電話越しから恨み声が聞こえてきて、それに思わず笑ってしまう。


『そういや今何やってんだ?』

「予習してたよ」

『うわガリ勉。学校で散々勉強してんのによくやるわ』

「そういうアマガミさんは?」

『動画観てた』

「へぇ。どんな動画観てたの?」


 ――それからは、アマガミさんと日付が変わるまで話した。

 何の生産性もない。無駄な時間。ただアマガミさんと駄弁るだけの時間。

 けれど僕にとってそれは、どんな時間よりも楽しくて、居心地がよかった。


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