第41話 『 恋愛相談相手ができました 』

 とある日の放課後。僕は珍しく遊李ゆうりくんに誘われてハンバーガーショップに来ていた。


「ボッチはなに頼む~?」

「うーん。この期間限定のてりたまにしようかな」

「おっいいんじゃん。俺もそれにしよっかな」


 僕はそれと爽健美茶を注文し、遊李くんはセットを注文した。

 それぞれが注文した商品を待っている間、僕らは雑談を交わす。


「そういえば今日は部活なかったんだね」

「そうそう。週に一度のオフの日」

「運動部は大変だね」

「そうなんよ。好きでやってることだけど、やっぱ週6は普通にハード」

「そんな貴重のオフの日に僕とパック寄ってよかったの?」

「もち。たまにはリアルで直接会って話したいじゃん。つってもこの前したばっかだし、学校でもちょくちょく会ってるけどなー」


 それでも遊李くんとは別クラスなので話す機会は滅多にない。


「本当なら昼食一緒に食べたいんだけど、ボッチは今アマガミさんに夢中だもんなー」

「うっ。ごめんね?」


 咎められるような視線に謝れば、遊李くんはケラケラと笑って、


「冗談だって。ボッチがいたい奴といるのが一番じゃん。俺らは夜にゲームで集まってるし、それくらいで十分でしょ。……お、呼ばれたな」


 雑談している間に僕らの注文した商品が出来上がったようで、店員に番号を呼ばれた。

 僕と遊李くんはトレーを持ちながら席に移動。そして食べ始める。


「もぐもぐ……てか、どうなの? 天刈あまがいとはうまくやってるわけ?」

「うん。仲良くさせてもらってます」

「それは一安心。ボッチがヤンキーに恨み買われなくてよかったわ」

「やっぱり今日はアマガミさんとの関係を聞きに来たんだ」

「あと確認だなー」

「確認?」


 遊李くんの言葉に眉根を寄せる僕。遊李くんはもう一口ハンバーガーを頬張ったあと、細めた双眸を向けて言った。


「俺さ。この前たまたま見ちゃったんだよね。ボッチと天刈が一緒に帰ってるところ」

「あー」


 呻き声をこぼすと、遊李くんはにやにやと悪い笑みを浮かべながら追求してきた。


「やっぱり付き合ってんの?」

「やっぱりってなに。付き合ってないよ」

「でも一緒に帰ってたよな?」

「それはまぁ、たまたまね」


 歯切れ悪く答えると、遊李くんから懐疑心をはらんだ視線で睨まれた。


「智景は嘘吐こうとしても結局嘘吐けない性格だよな」

「ぜ、全然そんなことないし」

「ふははっ。露骨に焦ってんじゃん」


 遊李くんが可笑しそうに笑う。


「安心しろよ。海斗には内緒にしてやるから」

「誠二くんには?」

「はいはい。誠二にも内緒にしとく。俺だけなら話してもいいだろ?」

「遊李くんは口が軽いからなぁ」

「むしろ言ってくれなきゃ今すぐ海斗にバラすけど」

「分かった言う。だから海斗くんには秘密でお願いします」


 遊李くんの脅迫に屈してしまった僕。諦観と嘆息すれば、遊李くんは笑いながら「分かってるよ」と約束してくれた。


「まず初めに言っておくけど、僕とアマガミさんは本当に付き合ってないからね」

「はいはい。二人はただ仲がいいお友達ね。それで?」

「最近よく一緒に帰ってるのは……うん。本当だよ」

「それだけ?」

「……たまに、アマガミさんが僕の家に遊びに来たりする」

「へぇ! 付き合ってもない男女が! 頻繁に家で遊んでるのかー!」

「たまにね! たまに!」


 僕は顔を真っ赤にしながら訂正するも、遊李くんは全くもって聞く耳を持っていなかった。


「ほら、僕の部屋ってけっこうゲームソフトあるでしょ。だからゲームしに遊び来るんだよ」

「ちなみに週に何回くらい来るの?」

「……二回くらい」

「へぇ。へぇ。週に二回もボッチの部屋に来るのかぁ。女の子が」

「くっ! 遊李くんが言わんとしてることは分かるけど! でも本当に遊李くんが期待しているようなことは何もないからね」

「え~。俺はまだ何も言ってないけどー? ボッチくんはアマガミさんの何に期待しているのかな~?」

「くうっ⁉ 人を弄んでそんなに楽しいかい⁉ もうこれ以上は何も言わない!」


 遊李くんの態度に流石に憤りを覚えた僕は拗ねた子どものようにそっぽを向く。

 そんな僕に遊李くんは「ごめんごめん」と謝るも、笑いを堪えているのが反省していない何よりの証拠だった。


「やぁ。まさかこんな風に恋愛関係でボッチのことイジれるの新鮮でさ。ついやりすぎちゃった。マジでごめん」

「本当に反省してるのかなぁ。これ以上揶揄ったら僕帰るからね」

「ラッキースケベはもう体験した?」

「帰ります」

「嘘嘘! 冗談だから! ボッチとアマガミさんは清らかな関係だもんな!」

「それもそれでバカにされてる気がして腹が立つんだけど」


 僕がトレーを持って席を立つと遊李くんが慌てて服を引っ張ってきた。

 どうやら今回は本気で反省しているようでようやく邪悪の笑みを多少引っ込めた遊李くんにため息を落としつつ、僕は席に座り直す。


「にしても付き合ってもない男女が週に二回も家で遊んでるのかー」

「さっきから付き合ってないこと強調して言ってるけど、そんなに悪いことかな。仲がいいで済ませてよ」

「そうは言うけどさ。これがもし他人事だったらボッチはどう思う訳?」

「……そりゃ。多少は付き合ってるんじゃないかって邪推はしたくなるけど」

「だろ」

「でも僕とアマガミさんは付き合ってないし、家に遊びに来てくれるのだって僕を信頼してくれてる証でしょ」

「まあの天刈愛美に変なことしようとは思わないわな。したら返り討ちにされそう」


 ぶるっと背筋を震わせる遊李くん。どうやら彼にはアマガミさんは完全に恋愛対象から外れているらしい。


「さっきは揶揄って言っただけどさ、少し真面目な話。ボッチはそういう心があってアマガミさんといる訳なの?」

「そういう心って?」

「下心だよ。よく言えば恋心かな」


 遊李くんがポテトを食べながら聞いてくる。相変わらず飄々としている雰囲気なのに、声音だけは真剣だった。だからこそ、僕も真面目に考えてしまって。


「今はまだ、アマガミさんと一緒にいるだけで満足してるんだ。だから、そういうのは考えないようにしてる」

「ふーん。告れば案外オッケー貰えそうだとは思うけど、でも万が一フラれたらどう接すればいいか分からなくなるもんな」

「……そうだね。だから現状維持しようしてる僕は卑怯なのかな」

「いや全然そんなことはないと思うぞ。もっと距離を縮めてからするのも定石だし、ボッチがこのままの関係でいたいって思ってるならそれでいいんじゃない。恋愛なんて自由だし……それになにより、まだお前らは友達・・なんだろ?」

「あはは。そうだね。僕らはただの友達・・・・・だ」


 僕とアマガミさんはただの友達。もちろん、それ以上の関係値は築いているとは思っている。でもそれはあくまで僕個人の感想で、アマガミさんから直接聞いたわけじゃない。

 アマガミさんは僕のことを気に入ってくれるらしいけど、それじゃあ果たして友達以上を望んでいるかは分からない。

 もしアマガミさんが僕と友達以上の関係になりたいと言ってきたら、その時僕はどうするのだろうか。僕も、と言える自信はあるようでない。結局、僕って奴は中途半端だ。


「まゆっくりやればいんじゃない。俺らはまだピチピチの高校一年生。来年も再来年もあるんだし、どうせこれからもアマガミさんと仲良くするでしょ」

「あはは。途中で呆れられたらどうしよっか」

「それはないでしょ。見た感じ天刈ボッチにメロメロよ」

「メロメロは流石にないと思うな」

「はぁ。これは天刈の方が大変だなぁ」

「? なにそれ。どういうこと」

「こっちの話。とにもかくにも、天刈と仲良くするのはいいけど、でもあんま海斗の前ではイチャイチャすんなよ?」

「イチャイチャなんかしてないよ」

「嘘つけいっつも学校で一緒にいるくせに」


 それを言われると僕も反論できなくなってしまう。

 たじろぐ僕に遊李くんはけらけらと笑いながら、


「つーわけで、これからは定期的に俺に天刈とどこまで進んだか報告すること! チャットでもいいけど、どうせならリアルで聞きたいな」

「もう完全に僕とアマガミさんの関係を娯楽物として楽しもうとしてるじゃん」

「俺らの中で一番青春してるのがボッチだからな。それに、秘密事を一人くらい共有してた方がボッチも気が楽になるだろ?」

「僕としては爆弾抱えた気がして心臓に悪いだけなんだけど」

「誰が爆弾だ! 悩みを聞いてくれるいい友達じゃないか!」

「それ自分で言う?」


 わざとらしく言う遊李くんに僕は呆れて嘆息。


「「……ぷ。あはは!」」


 睨み合った僕は可笑しくなって盛大に吹き出した。


「くっ。ふふ。そうだね。秘密事を共有してくれる友達がいるのは有難いかな」

「そうだろー。これからは何かあったら俺に言いたまえ」

「えー。遊李くんの恋愛アドバイスは当てにならなくない? 中学の時付き合って一週間で別れたこと僕ら知ってるんだからね」

「なんでそのこと知ってんの⁉ 誰にも言ってないはずなのに⁉」

「あと中3の時はクリスマスの時に別れたんだよね。ヤケクソゲームに付き合ったの懐かしいなぁ。あの時遊李くんずっと愚痴こぼしてて……」

「人の黒歴史淡々と暴くの止めて⁉」


 これまでの意趣返しとばかりに遊李くんの恥ずかしい過去を語り始めていく僕に、遊李くんは泣きつくように縋ってくる。少しは秘密事を打ち明ける恥ずかしさを知ってくれたらなら何よりだ。僕はしてやったりとちろりと舌を出す。

 何はともかく、遊李くんが僕の恋愛相談相手となった。

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