第40話 『 アマガミの変化 』
「アマガミさーん。夕飯できたよー」
「分かったー」
自分の部屋にも関わらず律儀に扉をノックするボッチの掛け声にあたしは適当に返事をして応じる。
あたしはゲームを一時中断すると、ひょっこりと顔を覗かせるボッチのところに向かう。
廊下に出るとリビングの方から微かにいい匂いがして、お腹が反射的にぐ~と鳴る。前はそれが恥ずかしくていちいち顔を赤くしたものだが、今となっては平然としたまま「腹減ったー」と言う始末。
そんなあたしにボッチはくすくすと微笑む。
「どう? バイオヘブン結構進んだ?」
「だいぶ進んだぞ。さっき中ボス倒した」
「あクリアしたんだ」
ボッチが感心したように吐息を溢す。
「ボス戦面白かったでしょ」
「めっちゃ面白かった! 特にHP半分削ってからの第二形態の変身モーションがよかったな」
「そう! あそこいいよね! ボスが人間を捕食してケンタウロスになるんだけど、それがグロカッコいいんだよ」
「分かる!しかも攻撃モーションもド派手でカッコよかった」
「うわー。そこ分かってくれるの嬉しいなぁ。遊李くんもこのゲームやってたんだけど、攻撃パターンが露骨で退屈だったって言われてさ。そこじゃないんだよ。あの超大型アックスを振り回すのがカッコいいんだよ。モーションを見てよって何度心の中で訴えたことか」
「あの衝撃波を連続で避ける超面白かったのにな」
「だよね!」
あたしらは階段を降りながらゲームの感想で盛り上がる。
ボッチは普段は大人しい奴だけど、ゲームの話をするとこんな風に三割くらいテンションが上がる。こういうところは子どもっぽくて可愛いんだよな。
それからリビングに着くと、出来立ての夕食がテーブルに並べられていた。
本日の夕食は麻婆豆腐だった。
中華系の香ばしい匂いが鼻孔をくすぐってまたお腹が鳴る。今度はさっきより大きくなって、流石のあたしもほんのり顔を赤くしちまう。
しかしボッチは微塵も気にしてはおらず、そそくさと自分の席に向かっていく。
ボッチに続くようにあたしも既にあたし用に並べられた白米と中華スープの前に座ると、二人で揃って「いただきます」と手を合わせた。
「もぐもぐ……くぅ。ボッチのメシは相変わらず美味いなぁ」
さっそく麻婆豆腐を頬張ると、口内に山椒の辛さと豆腐の柔らかさが広がる。
お次に具材たっぷりの中華スープを飲んで、ほっと一息こぼす。
「箸が止まんねぇ」
「ふふ。本当に美味しそうに食べるね」
「実際美味い」
ボッチは男子高校生にしては料理が得意なようで、ボッチが作る絶品料理にあたしの胃袋はすっかり掴まれてしまった。
それになんでかは分からないけど、一人で食べるご飯よりもボッチと一緒に食べるご飯の方がいつもより美味しく感じる。単にボッチの料理が美味しいだけかもしれないけど、ボッチといる時の方が箸が進むんだよな。
「よく噛んで食べてね」
「分かってるよ」
母親みたいな小言を言うボッチ。これが他の奴だったら舌打ちしてるけど、作ってもらってる上にゲームまで提供してもらってるボッチに逆らうことはできない。
なのでボッチの言う通りしっかり咀嚼して、また麻婆豆腐を頬張る。
「「……ご馳走様」」
それから約数十分掛けて夕食を食べ終わったあとは食器を片付ける。ぽっこりと膨れたお腹をさすりながらリビングのソファーで休んでいるとボッチが食後の紅茶を持ってきてくれて、お礼を言いながら受け取る。
「ボッチは気が利くなぁ。このままじゃボッチに飼殺されちまう」
「狂狼のアマガミが誰かに飼殺されちゃうの?」
「あたしを飼殺せるのはボッチだけだよ。メシは美味いし家は居心地いいし、学校にいる時まで世話されちゃあ狂狼のアマガミ様も面目丸つぶれだな」
「ふふ。それじゃあ僕は凄いってことかな」
「あぁ。只者じゃねえよボッチは」
こうしてあたしを飼いならしまう男だ。普通の男子高校生にはまず成し得ない。
それだけボッチに甘えてるあたしもどうかとは思うけど、何故かボッチの前だと気が緩んじまうんだよなぁ。
ボッチはあれか。あたし特攻のデバフスキルでも持ってるのかな。
まぁ、それは思いのほか悪くねえけど。
「さてと、食器洗って帰るかな」
よっと立ち上がって、あたしはキッチンに向かう。
ご飯を用意してくれるのはボッチだから、食器を洗うのは自然とあたしの担当になっていた。最初はそれすらも拒まれたけど、もう反発してボッチを渋々と頷かせた。食事代としては安すぎる気がするし、普段から世話になってるからこのくらいはせめてな。
それでもボッチはあたしに一人でさせるのが嫌なのか、はたまたジッとしていられないのか食器洗いも手伝いだす。
「ほい」
「ありがと」
あたしが食器を洗って、それをボッチが拭く。わざわざお礼を言われると調子が狂うけど、これがボッチの通常運転なんだと自分に言い聞かせる。
食器を洗い終えるとあたしは一度ボッチの部屋に行って、ゲームをセーブして鞄を肩に掛ける。
階段を降りるとボッチが待ってくれていて、それから門前まで送迎してくれる。
「それじゃあ、またな」
「うん。気を付けてね」
あたしが手を振るとボッチはいつも名残惜しそうに手を振り返す。ボッチの両親は今は海外出張らしくて、実質一人暮らし状態。こんな大きい家に一人だとやっぱり寂しいのかもしれない。
あたしもその寂しさは知ってるから、ボッチにはつい同情してしまう。でも、流石に付き合ってもない男女が家に泊るのは越えてはいけない一線な気がするから、これ以上は踏み込めない。
代わりに日中は一緒にいてやろうと思うのは、あたしのエゴなのかな。
ボッチは友達多いし、たぶんあたしのエゴなんだろうな。
「ボッチ」
「? なに、アマガミさん」
「いや、なんでもない」
「……そう」
寂しげな手を握ろうとして、けれど寸前で思い留まる。ダメだ。これ以上長くいると、あたしの方が帰りたくなっちまう。
別れの寂しさを振り切るようにまた手を振れば、ボッチも微笑を浮べながらひらひらと手を振り返した。
そうだ。また明日も会えるんだ。なら、明日話せばいい。
踵を返して歩き出す。背後からはまだボッチが手を振っている気配がして、思わず笑ってしまった。
「今度はいつ遊びに行くかな」
できるだけ早く、またボッチの家に行きたい。どうせなら毎日行きたいけど、それは流石に迷惑だろうから止めておく。
「あーあ。あたし、自分が思ってる以上にボッチのこと気に入ってるなぁ」
夜空を見上げながら、気付いてしまった事実を声に出す。
ボッチと出会ってから、毎日が楽しくなった。ボッチに会えない時間が切なくなってしまった。
もっとボッチと一緒に居たい。話したい。
あぁ、あたしはいつの間に、ボッチに懐いてしまったのだろうか。孤高気取ってたくせに、みっともねぇ。みっともねぇけど、それ以上にボッチに会いたい。
――早く明日になれとこんなに強く願うことなんて、生まれて初めてだった。
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