第19話 神獣と神鳥(3)
「風の神殿の皆さんからですか?」
「えーと、正確に言うと、子供たちからですね」
エレノアから受け取ったのは髪飾りだった。造花と色とりどりのガラス玉で出来た飾りで、手作りだと言う。
前に風の神殿の方たちに、とプレゼントしたクッキーのお礼がしたいと、使用人達がわざわざお返しを用意してくれたらしい。
「使用人の子供たちが少ないお小遣いを持ちあって買った材料なので、アイリス様のような身分の方には粗末すぎるのですが。受け取っていただけると嬉しいです」
「もちろん、ありがたく頂戴するわ。たかだかクッキーくらいで、こんな素敵なお礼を貰ってしまって良いのかしら」
使用人の子供の小遣いなんて、相当に少ないだろう。にも関わらず誰かのためにお金を使うなんて、その心遣いがすごく嬉しい。
「とある女神からだとクッキーを渡したら、みんなもの凄く驚いていましたよ。そう言うのはせいぜい、守護天使にくらいまでしか用意しないですから。それに、手作りだと言ったらみんな震えてました」
「そ、そうなの?」
そんなに喜んでくれるなら、今度は1人1枚と言わず、もっと用意してあげたい。
「本当はセフィロス様がお渡ししたかったんですけど、今、風の病院で試験があって来られなかったんですよ」
風の病院というのは風の神殿のすぐ隣にある、セフィロスが運営する施設だ。病人やけが人は医者が患者の所へ行くのが普通だが、この施設には医者が常駐していて、行けば何時でも治療してくれる天界唯一の病院だ。
この風の病院は医者の養成施設にもなっていて、ここで何年か修行を積み試験に合格すると、風の医者の称号を貰える。
通常は師弟関係を結んで医術を学び、極端なことを言えば誰でも医者を名乗れる。当たりもいればハズレの医者もいるという訳だ。
ただし風の医者の称号を持っていれば、腕にまず間違いはない。何せ仕事に厳しいと有名なセフィロスからお墨付きを貰えるのだ。それだけで箔が付く。
それなりに裕福な者ならまず、この称号を持つ医者にかかると言うことだ。
今はこの称号を与えるかどうかの、試験の最中らしい。
「大切な試験だもの。仕方ないわ。それよりも、風の神殿にはそんなに子供がいるの?」
正直、セフィロスと子供と言うのはちょっと、と言うか、かなり意外な取り合わせだ。
「風の神殿で働く使用人の半数近くが、身体に不自由のある者が多いんです。目が見えなかったり、片腕がなかったり。そう言う者は神殿へ通うのも大変なので、セフィロス様は家族まるごと雇って神殿内に住まわせてしまうんですよ。それで神殿の中には子供が多いというわけなんです」
「それは初めて聞いたわ」
「まあ、セフィロス様はあんな感じの方なので、子供達に怖がられて近付かれないんですけどね」
……なんて報われないんだろう。損な性格すぎる。
「あ、私そろそろ戻らないと! それではこれで失礼しますね」
「ええ、セフィロス様と、風の神殿の皆様によろしくお伝えください」
エレノアが帰った後、早速イオアンナにお願いして髪を結って髪飾りを付けてもらう。
「わぁ、とってもお似合いですよ! カラフルな色合いが、アイリス様の髪の色にピッタリです」
「こんなに素敵なプレゼントを貰って……。署名をしなければ、御礼の手紙を書いてもいいかしら?」
「確かに、それはいいですね!御礼の御礼の御礼で、もう訳わかんないですけど」
イオアンナがクスクス笑うと、アイリスも笑ってしまった。
「本当ね」
みんなから話を聞いていると、自分が受けるセフィロスの印象と世間の印象とでは、だいぶ違いがあるように思える。
確かに感情の起伏が少ないせいか冷たそうな印象は受けるものの、やっている事はいつも誰かのためなのに。
合わせ鏡で髪につけた飾りを見ながら、ぼんやりとそんなことを思った。
******
アイリスは神獣も神鳥も得られないまま、季節はとうとう一巡りしてしまった。
初めは自宅周辺だけだった神獣・神鳥探しも、今ではニキアスに乗らせてもらって峡谷の奥深くまで範囲を広げている。
焦る気持ちだけが募ってきて、半ばヤケになって
「もういっその事、その辺にいるうさぎかリスと契約を結ぼうかしら」と呟いたら、
「神獣となった方は、主あるじに命懸けで仕えてくれる。そんな軽い気持ちで結んではいけない」
と言われてしまった。もっとも過ぎてぐうの音も出なかった。恥ずかしい。
セフィロスは何も言ってこないけれど、これ以上迷惑をかけるのはさすがに申し訳なくなってきた。何度も奥地まで行っているし、何となくの道なら覚えている。今日は1人で森に入って探しに出かけようと、ローブを手に取り準備をしていると、ジュノが声を掛けてきた。
「アイリス様、どちらへ行かれるつもりですか?」
「今日は1人で探しに行ってみようかと思って。誰か1人付いてきてくれるかしら」
さすがに天使を1人も連れずに行くのはマズイので、選定してもらうようにお願いをする。
「行かせませんよ、絶対」
「え?」
「僕達なんてさして強くないんですから、付いて行った所で大して役にたちません。襲われてもせいぜい囮になるくらいです。なので、セフィロス様無しでは行かせられません」
「そんなこと言って、セフィロス様にご迷惑を掛けっぱなしになってしまうでしょ」
いつもはあまり私の言うことを否定してこないのに、キッパリと断りを入れるのはノクトの教育の賜物なのだろうか。
「そのセフィロス様がダメだっておっしゃてたんです」
「と言うと?」
「この前いらした時に、アイリス様がたとえ1人で探しに行くと言ったとしても、絶対に行かせてはいけないと言われておりますので」
何だかちょっとだけ偉そうに、ジュノが腰に手を当てながら言う。
「セフィロス様はアイリス様が焦って何をしようとするのかくらい、お見通しですよ」
「そう……、なの」
やっぱり何億年と生きている方には到底敵わない。
「アイリス様、もう少しセフィロス様の事を信用してみてはいかがですか。あの方なら面倒だと思ったらきっと、ハッキリとそう仰ると思いますよ」
「そうね……」
そうとは分かっていても、いちいちウジウジと悩んでしまう自分が心底イヤになる。性格や思考を変えるというのは難しい。
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