第18話 神獣と神鳥(2)

「神獣や神鳥は1匹ずつと言うのが普通だ」


「それは力の消費が激しくなるからでしょうか」


 契約を交わせば当然、自分の神気を与える事になる。その恩恵に預かれるからこそ、獣の方も絶対服従を誓うのだ。


「それもあるが、一番の理由は喧嘩するからだな」


「喧嘩を? 神獣同士がですか?」


そうだ、とセフィロスが頷く。


「複数の獣と契約をかわしてしまうと、『自分が1番の神獣だ』と主張したくなるらしい。それで争いあってしまう。天使達のように節度や配慮と言うものを知らないらしいからな」


 なんだかそれはそれで、すごくカワイイ。


神獣と神鳥とが争わないのは、互いの役割が違うからだろう。神獣は騎獣や戦闘獣として使うことが多く、神鳥は連絡手段としての役目を担うことが多い。


「それでは2羽神鳥がいるリアナ様は珍しいという事ですね。やっぱり私、こんな事でも迷惑を掛けていたんですね」


 はぁ、とアイリスはため息をつく。リアナは自分に神鳥を貸すために、新たにもう1羽と契約を結んでいた。


「それはリアナが其方の事を信じないで勝手にした事だから、アイリスが気にすることでは無いな。初めから神鳥を持たせるようにすれば良かったものを」


 セフィロスが少し苛立っているような口振りだったので、アイリスは慌てて言う。


「リアナ様は私にまた出来ないことがあって、傷つかないように配慮してくれただけです」


「そうだとしても、根本的な解決にはならない。それに、やってみる前からダメかもしれないと決めつけるのは失礼というものだろう」


 リアナやフレイが他者を慮おもんばかる気持ちもわかる。セフィロスの言うことも理解出来る。だからアイリスはそれ以上何も言えなくなってしまった。


 しばらく黙って歩いていると、そう言えば、とアイリスは疑問に思ったことを口にする。


「獣や鳥と契約を交わす時はどのように行うのでしょうか」


 相手が天使なら契りの言葉を交わせば良いが、相手が獣ならそうもいかない。そもそもどうやって、相手が神獣になる事を了承したかを見分けるのだろう。


「気に入った対象を見つけたら、まずは相手と目を合わせて対峙する。この時心の中で契約を持ち掛けてみると、相手は自分が仕える価値のある神かどうかを見極めようとしてくる」


 アイリスはセフィロスの説明に頷きながら、手順を頭の中でイメージしてみる。


「契約に承諾すると自分の膝元に跪いてくるから、そこで名を与えて契約をかわす。駄目なら逃げていくか、襲ってくることもあるな」


「襲ってくることも、ですか?」


 少し怖くなってきた。なるべく穏やかそうな草食系の生き物にしたい。


「その時は私も付いているから心配ない」


大事なのは、とセフィロスは説明を続ける。


「対峙した時に自分を包み隠さず、相手に見せることだ。隠そうとしたり強く見せようとすれば信用されない」


「分かりました」


「とは言ったが、アイリスは隠し事も嘘をつく事も苦手そうだから心配ないな」


「そう、ですか……?」


 褒められているのか、そうでないのかよく分からない言葉に曖昧な返事をした。



――ガサガサッ



 すぐ側の茂みから物音がしたと思ったら、のっそりと大きなクマが現れた。3m以上はあるだろうか。あまりの巨体にアイリスは足が竦んで動けなくなってしまった。


「どうだ?」


 セフィロスがこちらを見て聞いてきたが、首をふるふると横に振る。とてもじゃないけれど、こんな獰猛そうな生き物を御することなんて出来そうもない。


 「去れ」とだけセフィロスが言うと、クマは駆けて逃げていった。その後鹿にも1頭会ったが、すぐさま逃げられてしまった。


「セフィロス様はどうしてニキアスを神獣にしようと決めたのですか」


 先程の鹿に目も合わせて貰えなかったので、ちょっと凹んでいる。


「何となく、としか言いようがないな。ピンと来るものがあったと言うか、こう言うのを直感と言うんだろう」


 セフィロスにしては珍しく、曖昧な物言いだ。


「多くの神はわざわざ探しに行くのではなく、偶然出会って気に入ったから契約を結んだ。と言うのがほとんどだろうな。ただ、アイリスの場合は探しにでも行かなければ外に出られない環境にあるのだから仕方がない」


こういう時、自由に外へ出掛けられない事が不自由に感じてしまう。もっと色んな場所を見てみたい。


「いずれにしても焦ることは無い。ヘムル峡谷にいなければ、別の場所を当たればいい。それから……」


 セフィロスがじっと見てくるので、ドキドキして変な汗が出てしまう。


「何でしょうか?」


「先程から神気が盛大に漏れ出している」


「えっ、あ、そうでした」


 アイリスはすぐに意識を自分に流れる神気向けると、それを己の内に抑え込む。


 また忘れてしまっていた。こうやって話していたり考え事をしたりしていると、すぐに神気が出てきてしまう。

 ヒュドラの抜け殻で抑え込むのは、本来なら罪人に対して行うような方法だ。普通ならまずやらないし、そもそもそんな物を使わなくてもコントロール出来る。


 アイリスには正直なところ、本当に自分の神気が誰かを惑わすような事があるのかと疑問に思っている。自分の身体に力が流れている感覚は分かっても、それが他者にどんな風に影響を与える性質を持つのかなんて、よく分からない。


 フレイが以前、アイリスの神気について説明してくれた時に、酒に似ているのだと言っていた。

 酒は程よい量なら幸せな気分にさせてくれるが、程度が過ぎると酔って自分を見失う。アイリスの神気もそれと同様に、多く浴びればあてられてしまう。それはまるで中毒のように欲しくなり、求めるのだと。


 力の差がほとんどなければ問題ないけれど、力の弱いものは酔いやすくなる。要はきちんとコントロール出来るようになればこっそり街へ出掛けるくらい良いような気もするけれど、練習してみてもなかなか上手くいかずにいる。


 はぁ、と再びため息をつくと、セフィロスが頭をポンポンと撫でてきた。

完全に子供扱いされている。いや、年の差は20億歳以上あるんだった。向こうにしてみれば、私など生まれたてホヤホヤくらいに見えるんだろう。


 結局この日は何もないまま、家に戻ることにした。

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