第15話 癒しの力

 ひとしきり談笑していると、セフィロスがアイリスに質問をしてきた。


「アイリス、其方は癒しの力は使えるのか?」


「癒しの力を私が、ですか?」


 神が持つ様々な能力の中でも、『癒しの力』はとても貴重で特別視されている力だ。


「そうだ。三大神は知っているか?」


「はい、癒しの力を使える最上級神のフレイ様、リアナ様とそれからセフィロス様の事ですよね。」


 以前、会議の前にアレクシアに聞いたので覚えている。


「そう。私とリアナの子で、海の神のネプチューンは癒しの力を使える。同じく三大神同士の子である其方にも、使えるのではないのかと思ったのだ」


「その……試してみたことがないので分かりません。」


「それなら今試してみたらいい。汚すといけないから表へ出よう」


 セフィロスは立ち上がると、庭の方へと向かって行く。


 外へ出るとセフィロスはアイリスに近くへ来るように手招きする。そして自身の袖をまくり短剣を取りだした。


 一体何を……? と言いかけたところで、セフィロスは腕に刃を当て、スっと剣を引く。

 つうっと一筋の赤い線が浮かび上がり、ポタリと血の雫が落ちていった。


「セ、セフィロス様?!」


「この位大した事はない。それよりもこの傷を神気を使って治してみてごらん」


戸惑うアイリスにセフィロスが手本を見せる。


「最初は傷口に手をかざしながらやってみるといい。手のひらに自分の身体に流れる神気を集めるようにして、治った後の腕を想像してみる」


 セフィロスが傷付けた方とは反対の手を傷口にかざして離すと、次の瞬間には傷が跡形もなく消えていた。


「それではアイリス、やってごらん」


 もう一度セフィロスは自分の腕を切り付けて、アイリスの方へ差し出す。


 ドク、ドク、と心臓が脈を打つ音が聞こえる。目の前に傷付いた腕があるせいなのか。いや、それ以上に別の不安がアイリスを襲っていた。

 


 もし、出来なかったら?



 またフレアやリアナが、困った顔をするかもしれない。生まれてから何度も、そんな顔をさせてしまった。やっと2人の間に生まれた子だと言うのに、申し訳なくて居た堪たまれない気持ちになる。


「アイリス、例えできなかったとしても何も恥じることはない」


 心の中を見透かしたかのようなセフィロスの言葉に、アイリスはハッと顔を上げる。


「フレイとリアナの事を考えていたのだろう。違うか?」


「いえ、その……はい」


「あの2人のことなら気にする事はない。そもそも、癒しの力を使えないことで落胆したりなどしない」


「でも私はこれまでずっと、お2人の期待に沿うことができずにいます」


 何で上手く神気を使うことが出来ないんだろう。魔物を倒すどころか武器にも触れず、生臭物も食べられない。

 さらには神気を抑え込むのも苦手ですぐ漏れ出してしまう。だから会議に行く時も、ヒュドラの抜け殻が編み込まれたローブを来て行ったのだ。


「もしあの2人が期待をして失望したのだとしたら、それはあちら側の勝手というものだろう。其方に落ち度があったからでは無い」


「でも……」


 セフィロスが言っている事は分かるが、期待に応えることが出来ないというのは苦しいし辛い。


「それならこうしよう。癒しの力を其方が使えなかったことで、2人が少しでも残念そうな顔をしたら、私がリアナとフレイを八つ裂きにしよう」


「……!?」


 八つ裂き……。この方なら本当にやりかねない、と思えてしまう。


「其方がそんなに自分に自信を持てないのは、あの2人のせいだろう? そのくらいの罰を受けて然るべきだな。どうせあの2人も癒しの力を使って回復できるのだから、そのくらい問題ない」


 セフィロスがイタズラっぽい笑みを浮かべながら、アイリスに問う。


「どうだ、やってみる気にならないか」


 どちらかと言うと、怖くて余計にやる気がなくなってしまった。

 でもそこまで言われるとやらない訳にはいかなくなってきた。アイリスは深呼吸をすると傷口の方へ手をかざす。


 手のひらに意識を集中させて、傷口が癒えていく様子を想像しながら、自分の中に流れる神気を送り込む。



たとえ出来なくても、大丈夫、大丈夫。



 心の中で何度も言い聞かせるとアイリスの中を暖かく、温もりに満ちた力が駆け巡る。


 恐る恐るかざした手を離すと、傷口は塞がっていた。


「出来たな」


 セフィロスが満足気に微笑みながら言った。


「でも、まだ傷痕が……」


 先程セフィロスがした時のように元通りになった訳ではなく、まだくっきりと傷の痕が見えていた。


「大丈夫だ」


 セフィロスはさっきと同じように自身の手を傷跡の上にサッと滑らせると、もう傷痕は跡形もなく消えていた。早い。


「私はこんなに時間も体力も消費するのに、セフィロス様がやるとあっという間ですね」


 アイリスは今のでもうぐったりと疲れている。秋も深まってきていて肌寒いくらいだと言うのに汗もかいていた。


「練習を積んでコツを掴めば、今よりもっと早く綺麗に治せるようになる」


 そう言えば、とセフィロスがアイリスの首元に目をやる。


「その首の傷痕は、ヘルハウンドに噛まれた時のものか?」


「はい、リアナ様に治していただいた後でフレイ様にも治してもらったんですが、跡が消えなくて」


「失礼」


セフィロスがアイリスの首に手をかざし滑らせる。すると一瞬だけ暖かい風が首筋を撫でたかの様な感じがしたかと思うと、すぐにその感覚は消えた。


「あ、の、もしかして傷痕を……?」


 首元を見ることは出来ないけれど、感覚からして治してくれたのではないかと思った。


「勇気を出して頑張った褒美だ」


「ありがとうございます」


御礼を言っていると、いつの間にか離れたところで見ていた天使達が近くに来て、きゃあきゃあ騒いでいた。


「アイリス様、良かったですね!!」

「癒しの力を使えるだなんて、すごいじゃないですか!」

「今夜はお祝いしましょう!ケーキ焼いちゃおうかな」


 虹の天使達は自分以上に喜びを爆発させていた。ノクトは半分呆れ顔で、半分は嬉しそうな顔をしている気がする。エレノアはノリが良いので、虹の天使達と小躍りしていた。


「ノクト、この後の予定は?」


セフィロスの質問の意図を素早く読んだノクトが答える。


「明日詰め気味になっても宜しければ、この後の予定は飛ばして問題ありません」


「だそうだ。お祝いに参加しても?」


「はい、もちろんです」


 お世話になったのだ。腕によりをかけて料理を振舞おう。

アイリスは腕まくりをして、早速準備に取り掛かりに行った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る