第13話 初めての訪問者(3)

「冷めてしまったようなので、新しく入れ直してきますね」


お茶が冷めてしまったので入れ直そうと席を立つと、ノクトがジュノに話しかけた。


「ジュノ、君が確か守護天使長だったよね」


「はい、そうです」


「エントランスの扉を開ける時、何でアイリス様を自分より先に出したの? 何かあった時、君が盾にならなきゃいけないって言うのに。アイリス様が例え自分が先に出ると仰っても、主あるじの安全を考えるならそこは君が止めないといけないよ。アイリス様のような事情があるならなおさらね」


 ノクトがひと息に喋っている横で、エレノアが「また始まったよ……」とぶつくさ言いながら目頭を抑えている。


「あのねぇ、ノクト。あなたがそんなんだから、セフィロス様の第一印象が余・計・に・悪くなるのよ」


 そう言うエレノアも結構余計な事を言っている気がする。


「印象なんてどうでもいいよ。虹の守護天使ならアイリス様の安全の方が大事だろう」


「だーかーらー、そういう所よ! 言い方とかもっとあるじゃない。それをノクトはいっつも……」


「あのっ!ノクト様!!」


 ジュノが突然ノクトの手をガッチリと握りしめると、ずいっと顔を近付けて迫っている。


「僕、のんびりしていると言うか呑気過ぎるってよく言われるので是非もっとご教授下さい!他に気になる所とか、直した方がいいところはありますか?」


「え? あぁ、そう? じゃあ、あと他には……」


 ノクトが再びアレこれと気になるところを指摘し始めると、ジュノも他の4人の天使達も熱心にメモを取り始めた。


「何、この展開。初めてだわ……」


 エレノアが信じられないと言う顔をして、その様子を見つめている。アイリスはそんなエレノアに声をかけてみた。


「エレノアももし気になることがあるなら遠慮なく言ってね。こうやってハッキリと指摘してもらえると、どこを改善していいのか分かるから助かるわ」


「そう……ですか? 正直、ウザいならそう仰ってください」


「ウザいだなんてまさか。私たちよりずっと長く生きているんだもの。経験値が違いすぎるわ」


 相手は15億年、20億年と生きているのだ。自分達より余程、知恵や知識がある。聞いておかなければもったいない。


「アイリス様……」


 なぜかエレノアが涙ぐんでいる。嫌味を言ったつもりは無かったのに変な風に捉えられてしまったのだろうか。と思ったら、エレノアが足元に跪いてきた。自分の主が目の前にいるのに跪いていいのだろうか。


「私、この1時間ほどでセフィロス様の次にアイリス様のことが好きになりました。とは言えお仕えすることは出来ないので、代わりに虹の天使たちをビシバシ鍛えますね!!」


「えっ……? えぇ、ありがとう」


 よく分からないけど、悲しい涙ではなかったようで良かった。



 しばらくセフィロスと何のたわいない会話をしていたら、あっという間に時間が過ぎていた。次の予定があるとノクトに声をかけられて、セフィロスが席を立つ。


 最初は緊張でどうしようかと思ったけれど、すごく楽しいひと時だった。

 ノクトは一見、取っ付きにくく感じるが、実際には生真面目で面倒見がいい。虹の天使達はノクトの事を既に、頼れる兄を見るような目で見ている。

 セフィロスもそうだ。醸し出す雰囲気と堅い物言いが怖く感じるだけ。確かに表情には乏しいけれど、でも……



――あの笑った時の顔は、素敵だった。



「セフィロス様、今日はとても楽しかったです。それで、あの……、またお越しになって下さいますか……?」


 セフィロスはアイリスを見つめて、少し驚いたような顔をしていた。また何かやらかしたのだろうか? そうだ……!


「ごっ、ごめんなさい。セフィロス様はお忙しいに、図々しい事をお願いしてしまって」


 リアナやフレイもそうだけど、頂いただきに立つ者は常に忙しい。毎日取り立ててすることもない自分とは違うのだ。


「いや、其方が来て欲しいと思うなら、是非また邪魔させてもらおう」


 セフィロスがふいっと顔を逸らしながら言った。なんで耳が赤くなったんだろう?


「はい! ぜひ、お待ちしております」


 嬉しくて勢いよく答えるとエレノアがクスクス笑っていた。


「気持ちのこもった『また来てください』は嬉しいものですね」と。





風の神殿に帰ったエレノアは先程までの出来事を思い出して内心、ニヤニヤとしていた。いや、内心ではなく実際に表情に出てしまっていたらしく、後ろからノクトの手刀を頭にくらってしまった。


アイリスの事情はセフィロスから一通り聞かされていた。己の身ひとつ守ることの出来ない神なんてなかなか稀有な体質の持ち主だが、実際に会ってみたら想像以上に変わったお方だった。


いきなり天使に対して頭を垂れて挨拶してきたり、天使を「様」付けで呼んできたり……その後にも続くアイリスの行動に度肝を抜かれ、エレノアのみならず、あの冷静沈着・無表情男のノクトでさえも面食らって狼狽えていた。


ノクトがいきなりジュノに注意した時もそうだ。ノクトはセフィロスに似て他人からの評価なんて気にしない性格をしているので、初対面だろうが何だろうが気になることがあればオブラートに包まずズケズケと指摘していく。

そんなノクトを取り分け若い、つまりは下位の神からしてみると「天使の分際で生意気」、その守護天使からすれば「兄貴ズラして偉そうに」と見られるため毎度ウザがられてしまう。


それをアイリスも虹の天使たちも、鬱陶しがるどころか指摘を素直に聞いて受け入れていた。最近の下位の神たちのプライドばかり高い態度に辟易していたので、エレノアは数時間の滞在ですっかりアイリスのファンになってしまった。


それに……滅多に声を出して笑うことの無いセフィロスの姿を拝めたどころか、あんな風に顔を赤く染めて照れてる所など激レアショットだ。


別れ際に「またお越しください」と言われることは勿論ある。でも、そんなのは社交辞令の決まり文句。実際には「やっと緊張から開放される」と言うのが相手から透けて見えていた。

セフィロスがお堅い雰囲気を醸し出しているから仕方がないとは言え、毎回エレノアは心の中で「嘘つけ」と思っていた。


ああ、いけない。思い出していたらまた頬の筋肉が緩んできた。


エレノアは自分の頬をペチペチと叩き、足取りも軽く仕事に戻って行った。

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