第9話 最上級神会議

 最上級神会議。それは天界における最高意思決定機関で、天界を創った最上級神である7人の神で構成される。

 最上級神は七大神とも呼ばれる事から、最上級神会議の事を七大神会議とも言う。


今日は月に一度行われる定例会の日。


 円卓に揃う7人の神に序列はない。

 20億年以上前に彼らが誕生した時、力比べをしたらしい。

 戦いは何度も生死をさまようほど凄まじいもので、そんな戦いが数千年にも渡って続けられた。


 結果、互いの長所・短所をよく知り、どんな性格をしているのかどんな思考をするのかを戦いの末に理解し合い、友として、仲間として、同志として、共にこの天界を創った。


 便宜上、太陽の神・フレイが先導役として皆を率いる役目をしているが、実質的には7人の神がトップなのだ。


 会議に向かう馬車の中でそんな説明をアイリスを迎えに来たアレクシアがしてくれる。


「フレイ様ならまだしもリアナ様が殺し合い紛いの戦いをしていただなんて、信じられないわ」


 穏やかな所しか見たことがないけれどフレイなら男性だし分からなくもない。でもいつも優美で時々茶目っ気のある所を見せるリアナとなると、全く想像がつかない。


「私を含めて最上級神付きの守護天使はその後で生み出されたので、実際どんな感じだったのかは私も知らないんですよ」


 まだ天使がいなかった頃の話なんて貴重だ。それにしても、7人が今も同位にあると言うことは、勝負はどうなったのだろうか。


「力比べをしてみたけど、結局優劣は付かなかったって事なのかしら?」


「やっぱり戦いにおいては『癒しの力』が使えると言うのが大きかったみたいですよ。だからフレイ様、リアナ様、セフィロス様の御三方の事を、特別に三大神って呼ぶくらいですし」


「それじゃあ何故、フレイ様が元首として天界を治めているの」


「リアナ様とセフィロス様は辞退したみたいですね。アイリス様もフレイ様の事をご存知だから分かると思いますけど、リーダーシップがあると言うか、人を惹きつける様な魅力をお持ちの方ですから」


 それは分かる気がする。フレイは何となく付いていきたくなるような方だ。

 対してリアナはどちらかと言うと先頭に立つよりは補佐の方が似合っている。セフィロスには会ったことがないけれど、前にアレクシアに聞いた話だと万人に好かれるタイプではなさそうだ。


「7人が今も同位にあるのは、長い戦いを経てみて、誰かひとりでも欠けたら天界が成り立たない。そういう結論になったみたいですよ」


「戦い合ったご本人達にしか分からない境地と言うことね」


「そういう事です」


 カタンと音を立ててゆっくりと馬車が止まった。


「アイリス様、いよいよ太陽の神殿に付きましたよ。人払いはしてありますが、念の為ローブを目深に被って下さい」


 言われた通りに準備をして、馬車をおりる。

 心臓がバクバクと早鐘を打つのが聞こえ、緊張で手汗をかいている。


――無事に終わりますように。


 自身が神であるにもかかわらず、アイリスは何者かに思わず願ってしまった。




******




「以上で今日の議題は終わりになるけど、他に何かある者はいるかな?」


 この日議長を務める大地の神・テスカが、他の6人を見渡しながら言った。


「居ないようなら今日はこれで…」

終わりにしよう。と言いかけたところで、リアナは手を挙げた。


「他に居ないようなら、いいかしら?」


「リアナ、どうぞ」


「みんなに報告したい事があって。私に新しく子が生まれたの」


リアナはフレイをチラリと見て続ける。


「もちろん、フレイとの子よ」


「うわぉ! それ本当?! 一体何の神? 女神? 男神? いつ披露目の儀をするの??!」


 月の女神・ルナが矢継ぎ早に質問してきた。


「まあまあルナ、興奮するのは分かるけど少し落ち着きなよ」


 そう言ってなだめるのは雷の神・セトだ。


「虹の女神で、名前はアイリスよ」


「虹?! あの空にかかる七色のやつよね? うわー、どんな女神なのか会うのが楽しみだなぁ」


 ルナが目をキラキラさせている。



 ――あぁ、これ以上の事は言いたくない。



 今更ながら、フレイと共に大後悔中だ。

 なんであの時、問題を先延ばしにするようなことをしてしまったのだろう。

 20億年と言う膨大な時間がかかったせいで、感覚がおかしくなっていたのか。はたまた天使の親のように、わが子可愛さ故だったのか。


 いずれにしてもポカをやらかしたとしか言いようがない。時を操れる神がいるなら戻して欲しいとお願いしたいくらいだ。


 とは言えアイリスはあと5年もすれば立神する。これ以上隠し続ける事は出来ない。何より最上級神みんなに隠し事をするなんて、良心の呵責に耐えられない。


 リアナはフレイの方を再びちらりと見ると、互いにこくりと頷き合った。


「あ……あのね、実はみんなに謝らなきゃいけない事があって……」


「なに、リアナ。こんなにおめでたい話題の時に謝りたい事って」


 ルナがまだウキウキ気分なまま聞いてくる。


「そのー……アイリスはもう2度の成長期を1年以上前に終えているの。あと5年すると立神って言うところで……」




「……………………」




 思いもよらない告白に、誰も、何も言わない。まるで、時が止まってしまったかのようだ。



「……あ? なに言ってんのお前」


 静寂の空間に、食ってかかる様な言い方をしてきたのは火の神・ロキだった。


「あと5年で立神って、これまで何処にいたんだよ? ってか、なんで隠してたわけ??」


「これは僕が説明するよ」


 フレイはアイリスが魔物に殺されかけた事、武器を恐れること、守護天使が武器に神気を上手くまとわせられない事などを説明していく。


「それで、これまでずっとヘムル峡谷辺りの山奥で暮らしていてもらったんだ。誰にも気付かれないように、家を建てた職人はリアナの水流しの術を使って記憶を消し、僕の影隠しの術を使って家そのものを隠していた」


「あの時は私もフレイも想定外の出来事に慌てちゃって……成長期を経ればもしかして変わるんじゃないかって思って様子見していたんだけど、そうこうしてたらあっという間に15年経っちゃって……ねぇ……?」


 そう。15年という月日は20億年生きるものにとっては、瞬きするくらいのわずかな時間だ。ちょっと様子見するつもりでいたら、いつの間にかこんな事になってしまっていた。


「お前ら、バカだろ」


「うーん、ロキに賛同するのは癪だけど、今回ばかりは全面的に同意するなぁ」


 ルナが呆れたという風に肩をすぼめてみせる。


「「ごめんなさいっっ!」」


 フレイとハモった。もう謝るしか出来ない。


「でも何故隠す必要があったのかな? 身を守るすべを持たないと言うなら、一般の屈強な天使を護衛にでもすれば済むんじゃないのかな。それに他の神もその事を知っていれば、アイリスに何かあった時に守ってあげられるし」


 テスカが低く落ち着いた声で聞いてきた。こういう時、テスカの穏やかな性格は心底ありがたい。


「それは……。説明するより実際に会ってもらった方が話が早いかと思って、今日はアイリスに来てもらっているの」


 リアナが自身の守護天使長であるドレイクに目配せして、連れてくるように促す。

 最後の子供をこんな形でみんなにお披露目することになるとは。


人生最大の汚点だ。

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