第8話 アイリスの憂鬱

 15年という月日がたった。アイリスは2度目の成長期を終えてから既に1年以上経ち、ヒトで言えば17、8歳の見た目と言った所になっている。

 しかし現状は変わらずだ。今もひっそりと森の奥深くにある小さな神殿で、守護天使達と慎ましやかな生活を送っていた。


「はぁ……」


 アイリスはレモンの実を収穫しながら、一緒に作業している守護天使に聞かれないように小さなため息をついた。


――私はこれからどうなるのかしら。


漠然とした不安だけが降り積もる。


 本来なら神は両親の世話になる、などと言うことはほとんどない。生まれた時から守護天使がいて、身の回りの世話をしてくれるのだ。

 してくれるとすれば、披露目の儀の準備や自分の家が出来るまでの間に部屋を貸してもらうくらいで、毎月親の守護天使が必要な物を持ってきたり、両親が様子を見に来るなんてことはしない。



それなのに自分は――。



 天界で2番目に高い地位を持つというのに、自分の身一つ守ることの出来ない役立たずな神。


 両親に迷惑をかけていることもそうだが、それ以上に申し訳ないと思うのは守護天使達の事だ。

 自分の守護天使になんてなってしまったばかりに、こんなに窮屈な思いをさせてしまっている。


 本来なら他の神の守護天使や一般の天使と交流したり、街に出かけたりするのだろう。守護天使ともなれば主から直に神気の恩恵を受けることが出来るため、戦えば一般の天使よりもずっと強いのが普通なのに。


 おまけに自分が菜食主義者、と言うよりかは肉や魚を受け付けない身体のせいで、守護天使達まで同様に生臭物を食べられない。自分はともかく、天使たちの食べる楽しみの一部まで奪ってしまった気分になる。


 アイリスが一人苦笑していると、一緒に収穫作業をしていた守護天使の一人イオアンナがレモンの木の裏からひょこっと顔を出して話しかけてきた。


「アイリス様、どうかされましたか?何だか考え込んでいたようですけど」


「ずいぶん涼しくなって、すっかり秋めいてきたなぁって思っていただけよ」


「そうですねぇ。でもこれだけレモンが取れれば今年の冬もたっぷりレモンティーが飲めますね」


 イオアンナの笑った時に出来るエクボがかわいい。


「ふふ、そうね」


はさみでパチンとレモンの実を切り取ってカゴに入れた。レモンを捥ぐたびに酸味のある爽やかな香りが鼻腔をくすぐるが、アイリスの気分は全く晴れない。


「さぁ、これで最後かしら?」


「はい。こーんなにカゴいっぱい!」


イオアンナがカゴを嬉しそうに持ち上げて見せる。



――あぁ、もどかしい。でも誰にも相談は出来ない。



アイリスは未だに自分のどこに問題があるのか教えてもらっていない。ただ成長期を迎える度に2人が期待をし、終える度に落胆しているようなので、何も問題が改善されていない、という事だけは分かる。

 これ以上フレイやリアナに迷惑はかけられない。2人がまた困惑するような顔を見たくない。困らせたくない。


 守護天使にもこんな風に悩む不安な気持ちなんて、絶対に言えない。彼らはどうにも出来ず主に従うしかない現状に、自分以上に苦しんでいるはずだ。


 グルグルと思考を巡らせては、回ってまた同じ考えに戻ってくる。


 アイリスがあれこれと考えているうちに、イオアンナは収穫したレモンを家の中へと運び入れていた。


「アイリスさま〜!」


 家の中からジュノが駆け寄ってきた。クセのある巻き髪にクリッとした瞳、男性の割に低身長。      

 リアナとフレイの守護天使長しか知らないが、多分、高位神の守護天使長には見えないと思う。  

 完全に小動物系だ。


「どうしたのジュノ」


「リアナ様からお手紙です」


 アイリスは手紙を受け取り中身を読み始めると、驚きの表情を浮かべる。

 あからさまに天使達が「何が書いてあるんだろう?」と言う顔をして見ていたので、思わずクスッと笑って教えてやる。


「来週行われる七大神会議で、最上級神様たちに私を紹介するから来るようにですって」


「えぇ?!本当ですか!」

「他の神や天使に会えるなんて、良かったですね!!」


 天使たちが喜びの声をあげる中でアイリスは少し不安な気持ちになってきた。


「アイリス様、そんな顔をして嬉しくないんですか?」


「いいえ、嬉しいんだけど、私のような者が最上級神の皆様にはどう思われるのかなって思って…」


「何をおっしゃいますか!こんなにお綺麗な女神がいたなんて知ったら、みんなびっくりしますよ!ねぇ?」


「はい、なーんにも心配いりませんよ!会議にはリアナ様やフレイ様だっている訳ですし」


ええと、そう言う事じゃないんだけど……。


 虹の天使達はみな、明るく朗らかな性格をしている。くよくよ悩んでしまう自分には、このくらい陽気な気質を持つ天使がそばに居てくれる方が丁度いいのかもしれない。


「そうね。楽しみにするくらいの気持ちでいないとね!」


 アイリスは自分に言い聞かせるように、ワザと明るい声で言った。

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