第4話 練習
アイリスが生まれてから翌日、本番前の練習に、とフレイが生きたヘルハウンドを連れてやってきた。
本番と言うのは、神が生まれてから1週間内に行う「披露目の儀」の事だ。
アレクシアに教えて貰ったことによると、披露目の儀は招待者を呼び新たな神の誕生を知らせ、みんなでお祝いをするらしい。それまでは自分が生まれた事は、神殿の使用人にすらも秘密。部屋から出てはいけないと言われた。
それともう1つ、神としての力を見せる場でもある。
どうするのかと言うと簡単だ。魔物を招待者の目の前で殺せばいい。
力の強い上位の神はそれだけ強い魔物を、下位の神なら倒せる程度の魔物を用意して行われる。
フレイが連れてきたヘルハウンドと言われる魔物は全身が真っ黒で、血のように赤い目をした犬のような見た目をしている。敏捷そうな体つきと巨大な牙と爪はいかにも狙った獲物は逃がさない、と言っているようだ。口からは硫黄のような嫌な匂いがしていた。
「ヘルハウンドと言っても、まだ幼体だからね。君くらいの神気の持ち主なら大したことないよ」
「確かあなたより一つ下の階級の砂の神や冬の神も、披露目の儀でヘルハウンドを使ったんじゃなかったかしら」
恐怖で顔が引き攣つるアイリスに、フレイとリアナは気楽な様子で話しかけた。
ヘルハウンドは高位の神達を前にして怯えるどころか、早く喰らいたいと檻に体をガンガンとぶつけて、ヨダレを撒き散らしている。
天界とは逆に位置する地界は、時に地獄と呼ばれる場所。そこには悪魔や魔物が住んでおり、天界に住む神や天使を喰らおうと時々天界に入り込んで来るのだ。
このヘルハウンドの子供もそうして紛れ込んでやってきたところを、太陽の守護天使が片田舎の農村で捕まえてきたらしい。
「魔物はより強いエネルギーを持つ者を狙ってくるんだ。だから僕とリアナが神気を抑えれば、君のことを狙ってくるだろう。そこを君の神気で倒すんだよ」
「……はい」
フレイの説明に、アイリスは弱々しく答える。
「さあ、やってみましょう!」
リアナの合図と共に檻が開けられ、ヘルハウンドが待ってましたとばかりに飛び出してきた。神気を己の内に押さえ込んでいるリアナとフレイには目もくれずに、一直線にアイリスの方へ向かってくる。そして……
ほんの、一瞬の出来事だった。
どんな神気で倒すのかワクワクする!と言った感じの2人とは対象的に、アイリスは完全に動けなくなっていた。
何かしなければあっという間に噛みつかれる、という事は分かっているのに全く身体が動かない。
――神気で攻撃するってどうすればいいの?
そう思った次の瞬間には、首元に強い衝撃が走っていた。
――痛い、熱い、苦しい……っ!!!
ヘルハウンドの吐息の臭いが鼻を突く。
アイリスは視界の端にリアナとフレイを見た。
2人は自分達の予想とはあまりにも違う事が起きているせいなのか、驚きの表情を浮かべているようだった。
ヘルハウンドがアイリスの喉を喰いちぎろうとグッとアゴに力を入れると、更に激しい痛みに襲われる。目の前に自分の血飛沫が舞うのが見えた。
「「アイリス!!!」」
2人が同時に自分の名前を呼んだ瞬間、目の前がピカっと眩しい光でいっぱいになり何も見えなくなった。
そして――
アイリスは意識を失った。
*
「……リアナ様」
目をゆっくりと開けると、2つの顔がアイリスを心配そうな顔で覗き込んでいる。
「ああ、アイリス!無事でよかった」
安堵の表情を浮かべたリアナにぎゅうっと抱きしめられた。
どうやら私は助かったらしい。ヘルハウンドに噛まれたはずの首に恐る恐る手を触れてみるがなんともない。焼け付くような痛みも、息が詰まるような感覚も無くなっている。
肉の焦げるような臭いがして自分のすぐ脇を見ると、ヘルハウンドの死体が転がっている。その身体はまるで蜂の巣のように穴だらけで、原型をとどめていない。
「あの、何が起きたのでしょうか」
「フレイが光の矢でヘルハウンドを射抜いて、直ぐに私が癒しの力であなたの首を治したのよ」
意識を失う間際に見たあの光は、フレイの光の矢だったのか。2人の顔を見ると、自分の顔以上に真っ青になっているんじゃないかと言うくらい、血の気が引いている。とんだ心配をさせてしまった。
アイリスも首の傷は癒されているとは言え、自らの血でぐっしょりと赤く濡れていた。
「とにかく一度着替えましょう」
リアナの言葉で天使達がパタパタと着替えの準備をし始めた。
*
「アイリス、一体どうしたんだい?何故何もしなかったんだい?」
体に付いた血糊を拭い、新しいドレスに着替え終わった所で困惑した表情のフレイが聞いてきたけれど、聞かれたこちらも訳が分からない。
「あの……、神気で倒すというのはどうすれば良いのでしょうか?」
「え? えーっと……。ほら、さっき僕がヘルハウンドを殺したようにだよ。ねぇ?」
「そ、そうよ。どうって言われても……神気を使えばどうとでも攻撃出来るでしょう?」
「いきなり魔物が相手だと怖かったかな? それならあそこにある花瓶を壊してごらん」
そう言ってフレイは7、8mほど先にある花瓶を指さした。
「手を触れずに、ここから。でしょうか?」
「そうだよ」
分かりましたと頷いてアイリスは花瓶の方を見つめる。取りあえず「花瓶よ壊れろ!」みたいな念力は送ってみるけれど……
……何も起こらない。
「あー、アイリス。もしやりにくいんだったら手をこうしてみたらどうかしら?」
リアナは花瓶の方向に腕を伸ばして、手のひらをかざしてみせる。魔法使いなんかがよくするポーズだ。
こうすると、体の内に巡る神気を一点に集めるイメージがしやすくなるのだと説明をうけると、言われた通りにアイリスも手を花瓶に向けてみる。
自分の中に神気があるのは分かるので、手のひらに自分の神気を集めるようなイメージをしながら先程と同じように念力を送ってみるけれど……
数分たっただろうか。やはり何も起こらない。
「んんーーー」
フレイは腕を組んでうなり出した。
「もしかして、神気を武器に乗せて使うのが上手いタイプなんじゃないかしら?!」
「なるほど、ルナタイプか」
「月の女神のルナは、神気をそのまま使うよりも武器に乗せて使った方が得意なのよ」
武器無しじゃ戦えないって訳じゃないんだけどね。とリアナが追加で呟くのが微かに聞こえた。
「ドレイク、子供でも使いやすい小さめの剣を持ってきてちょうだい」
「はい、ただいまお持ちします」
「まだ剣術の練習をしていないから下手でも構わないわ。とにかくやってみましょう」
リアナが用意させた剣をアイリスに差し出してきた。
――ドクンッ、ドクンッ
剣を目の前に差し出されると、心臓が激しく音を立てるのが聞こえてくる。それと同時に全身の血がサァッと引いて気持ちの悪い冷たい汗が吹き出してきた。
「アイリスどうしたの?受け取りなさい」
「……はい」
泣きたくなるような気持ちを堪えて剣を受け取ると、頭の中に、この剣の切っ先が何者かを切り裂くイメージが広がってきた。
赤い血しぶき、悲鳴、苦痛、断末魔。
――誰かを傷つける……?
そう思うと、どうしようもなく怖くなって手が震えてくる。止められない。汗で手が滑る。
「はっ……、あっ……いや……」
もうこんな恐ろしい物を持っていたくない!
ガシャーン!
と金属が床に当たる音が、部屋にこだました。
恐怖が体を覆い手足がガクガクと震える。立っていられなくて思わずくたっとその場に座り込んでしまった。
「ごめんなさい。出来ません……」
「出来ない……って言うと?」
「剣が怖くて」
涙で2人の顔がゆらゆらと歪んで見える。
「怖い?」
「その剣の刃が何者かを傷つけるのかと思うと、どうしようも無く怖くなってしまって……」
リアナとフレイはしばし互いに見つめ合う。
何が起きているんだろう???と。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます