6


 北の空に近づくにつれ、ぼわんとした光のドームが大きくなっていった。それは星座たちの姿からにじみ出る光の集まったもので、星空のまっくらやみの中で、北極星のふもとは明るい広場のようだった。

広場の端に立っているペルセウス座がこちらに手を振っていた。彼は体が大きいので、遠くから見てもすぐにわかった。もう少し近づくと、彼のすぐそばでおひつじ座が座っていて、おひつじ座を挟むようにふたご座が座り込んでいるのが見えた。戻ったよーといて座が手を振り返すと、ペルセウス座は小さな兄弟に何か言った。ふたご座は、ソウタたちを見つけるとぱっと立ち上がって、一目散に駆け寄った。その勢いのままソウタの両足にしがみついて、潤んだ目でソウタを見上げた。

「ごめんねソウタ」「けがしてない?」

「大丈夫だよ、びっくりしたね」

「びっくりした」「あんなことはじめてだよ」「けがしてなくてよかった」「こわかったよ」

 よかった、よかった、と言い終えたふたご座は、今度はさそり座とケイスケに向かって、

「急にいなくなったからびっくりしたよ」「どこ行ってたの?」「ひとこと言ってよ」「探したんだよ」

と、頬を膨らませ顔を赤くしてまくしたてた。ふたご座の大きな目がさそり座をじっと見つめるので、圧されるように「すまなかった、光の兄弟」と低い声でさそり座が言った。

「しかし、かれは悪くない、どうかあまり責めないでやってほしい」さそり座ははさみを持ち上げてケイスケを指した。

ケイスケはふたご座に目線を合わせるために片膝をついて、

「心配かけたんやね。ごめんよ」と二人の目を交互に見て言った。「初対面なのに、ソウタのこと大事にしてくれてありがとうね」

「大事に決まってるよ」「お客さんだよ?」「今度から気をつけてよね」「今度はぼくたちも連れて行ってよ」「寂しいんだよ」「置いてかないでよ」

小さい兄弟は頬を膨らませたまま、眉間にしわを寄せたまま、ソウタの手を握った。兄がソウタの左手を、弟が右手を握って、強く握って、ペルセウス座のもとに歩いた。ペルセウス座は、大変だったなあと言った。

「てんびん座が星座たちに呼びかけたとき、おれたちみんなほっとしたんだよ。てんびん座にたどり着いて本当によかった」

 ペルセウス座はソウタの肩をぽんと叩いた。

「エウロパが教えてくれたんだ、てんびん座を頼ったらいいって」

「エウロパ!めずらしい星と出会ったな」

「そうなの?」

いて座が横から言った。「衛星は自分を捕まえた星から離れられない。だからこちらから会いに行くしかないんだよ」

エウロパにも礼を言いに行かないとな……といて座は呟いた。

「オリオン座は?」ソウタはペルセウス座に訊ねた。

「さそり座の気配に感づいたんだろうな。どこかに行ったよ」

ペルセウス座はそう言って、さそり座によう、と片手を振った。さそり座は片方のはさみを重たそうに上げた。

「お帰り、ソウタ。無事でなによりだよ」おひつじ座が微笑んだ。おひつじ座はもう足に包帯をしていなかった。「ポラリスが治してくれたんだよ」と、空を見上げた。その方向に、白くてはっきりとした一点の光があった。あれがポラリス、つまり北極星だとソウタにもすぐにわかった。ほんとうに特別な星は、誰が見ても特別だとわかるのだ。

「ケイスケ、主役はこっちに来てくれ」いて座はそう言うと、ケイスケの背に手を置いた。

「ソウタ」ケイスケはソウタに振り向いて言った。「またあとで」

ソウタはとっさに、わかった!と返事をした。本当は一緒に過ごしたかったけど、ケイスケくんはこの場の主役なのだ。

ケイスケはいて座に誘われて、広場の中心に向かっている。ソウタはしばらくその姿を目で追っていた。そんなソウタを見上げて、ふたご座とおひつじ座は目配せしあった。

 広場の奥からしし座がやってきて、嬉しそうに話しかけてきた。

「ソウタ、こっちで一緒にセレモニー見ようよ。ふたご座もおひつじ座もおいでよ」

「うん、そうしよう!」「行こう!」

ふたご座は明るい声を出して、強めにソウタの手を引いて、しし座のあとについていった。

広場は中に進むほど明るく、そこかしこに星座や星たちがいて、座っていたり、おしゃべりしたりしている。広場の中心から少し離れたところでしし座は寝そべり、ふたご座はしし座にくっつくように座った。ソウタが座ると、おひつじ座が隣にゆっくり座った。光で満たされた広場を見上げると、北極星は太陽のように煌々と輝いている。

「セレモニーってなにするの?」

 ソウタが訊ねると、おひつじ座が答えた。

「あたらしい星の仲間入りを祝って、みんなで踊って歌って楽しむんだよ」

「お祭りだよ」「楽しいよね」「こんなに星が集まるのめずらしいんだよ」「たまにしかないもんね」ふたご座がわくわくした様子で言った。

うお座がこちらにやってきて、

「歌って踊る前に、仲間入りのあいさつをポラリスにするんだよ」と言った。

ソウタはもう一度北極星を見上げた。眩しさに目を細めながらよくよく眺めると、北極星のすぐそばに小さな熊が眠っているのが見えた。

「こぐま座はまだ眠っているね」ふたご座の弟が言った。

「そのうちおおぐま座が来るよ」ふたご座の兄が言った。

 こぐま座から遠くないところに、こぐま座よりずっと体が大きいクマ、おおぐま座が眠っている。しばらくするとおおぐま座は目を覚まし、星座たちが集まるふもとを見下ろした。星座たちは、おおぐま座に手を振ったり、一礼したり、それぞれの挨拶を送っている。おおぐま座は広場をひととおり眺めると、のっそりとした動きでこぐま座に向かって歩き始めた。

「そろそろ始まるね」

うお座が呟いた。ソウタは広場の中央に立っているいて座とケイスケを見た。ふたりはなにか話をしているようだった。

上空では、おおぐま座が鼻先でこぐま座をつついて優しく起こしている。目を覚ましたこぐま座は安心しきった様子で、おおぐま座の目を見て、においを嗅いでいる。やがて、二匹はゆっくりと広場に降りてきた。こぐま座がポラリスの光とともに降りてくるにつれ、ケイスケの影がうしろに長く伸びた。ソウタは星座たちと一緒になって白い光とともに動く二匹をしんと見守っている。

こぐま座とおおぐま座は、いま、いて座とケイスケの前に降り立った。ケイスケはいて座に促されて、片膝をつき、おおぐま座とこぐま座にぎこちなく会釈した。ポラリスがすぐそばにあるのでまぶしそうだ、とソウタは考えていた。

いて座は、この度、地球の子があたらしい星になることを、二匹に伝えた。

こぐま座はケイスケのにおいを嗅いで、ケイスケの目をじっと見つめた。ケイスケも、最後まで目をそらさなかった。お互いのなにかを交換するような見つめ合いだった。他の星座たちも、その様子をじっと見つめていた。

 ふと、こぐま座がおおぐま座のほうを見て、鼻先を寄せた。おおぐま座も鼻先を寄せて、なにか確かめて、二匹はまた北の空に戻っていった。ポラリスが元の位置に戻ったとき、光が一層大きく、輝かしくなった。北極星のふもとは静かで、さっきよりずっと明るくなった。ソウタがポラリスに見とれていると、どこからともなく拍手が始まった。拍手の中には、おめでとう、という声や、ようこそ、という声もあった。いて座に促されて、ケイスケが星座たちに振り返ると、祝う音は大きくなり、楽器の音も加わった。いて座はケイスケの肩に手を置いて、嬉しそうに、そして安心したように笑っている。

 おめでとう、おめでとう、ようこそ、あたらしい星を祝おう、おめでとう、……

 楽器は旋律を奏でて、星座たちのからだが優雅に動き始めた。

うお座としし座はくるくる円を描くように踊り、ふたご座はふたりで笛を吹いてハーモニーを奏でる。おひつじ座は笛に合わせてみごとなステップを披露している。おとめ座がゆったり体を揺らし、かみのけ座は気持ちよさげにたゆたっている。笛のおと、弦をつま弾く音、打楽器の音、それから、なにかわからないけどすてきな音。ペルセウス座とオリオン座は、いつの間にか合流して、音楽に合わせて歌っている。ふたりとも、なかなかの美声だ。さそり座は広場の端で、小さく、気持ちよさげに身体をゆらしている。

今夜知り合った星座も、そうでない星たちも、みんな歌って踊って楽しんでいた。これを楽しみに、星たちは北の空に集まったんだ。星座たちの体からにじみ出る光がいっそう強くなった気がする。

ソウタはケイスケを探したけど、ケイスケは北極星の真下にはもういなかった。ソウタ自身もはじめはしし座やふたご座たちと一緒にいたのに、気がつけばみんな離れたところにいて、星座たちの踊りの渦に流されるままになっている。北極星のふもとは光と祝福に満ちていて、耳に笛の音と打楽器の音ばかりが響いて、ソウタは自分だけ取り残されたような気分になった。ソウタは思わずうつむいた。すると、四方を囲む星たちの光に照らされて、自分の影がいろんな方向に伸びていることに気がついた。それから、星たちには影がないことにも。

ソウタは、ケイスケと地域の夏祭りに行った日を思い出した。道の両側に出店が立ち並び、出店の照明と街灯に照らされて、ふたりの影がいろんな方向に薄く伸びていたのだった。あのときははぐれなかった。人が多いところではちゃんと手をつないだからだ。ケイスケくんはそういうところはぼーっとしていないのだ。わたあめが甘かった。スーパーボールすくいが好きだった。ケイスケくんは射的がちょっとうまかった。提灯に照らされているだけのなんとなく明るい石段に座ってかき氷を食べた。ぼくはブルーハワイで、ケイスケくんはイチゴにした。ぼくもケイスケくんも宿題が終わっていなかったけど、気にしなかった。帰り道は暗くて、星がよく見えた。

ぽん、とソウタの肩を軽く叩いた手でソウタの手を引いて、ケイスケは「こっち」とだけ言った。ソウタは思い出にひたした顔をその一瞬で上げて、現在のケイスケのあとについていった。やっぱり、こういうところでケイスケくんはぼーっとしていない、ちゃんとぼくを見つけて手を離さないようにしてくれるのだ。

ふたりは歌い踊る星座たちをかわして、北極星のふもとを抜け出した。

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