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◇
「みんな別れ際に、良い夜を、とかすてきな夜を、って言うのはどうして?」
「挨拶なんだ。出会ったら『こんばんは』、別れるときは『良い夜を』」
「『おはよう』とか『こんにちは』はないんだね」
「ああ、星空はずっと夜みたいなものだからね。さあ、ふたご座に着いたよ」
いて座がおーいと声をかけると、ふたりのまだ幼い男の子と、立派な角を生やした羊が振り向いた。男の子たちはソウタよりずいぶん体が小さくて、ふたりの顔は同じ版木で写し取ったようにそっくりだった。ソウタは、あのふたりはふたご座だと思った。いて座が彼らを紹介してくれて、その予想は正解だとわかった。
「こんばんは、ソウタ。ソウタはケイスケと似てるね」ふたご座の弟が言った。
「こんばんは、ソウタ。瞳の色が星空みたいに真っ黒だね」ふたご座の兄が言った。
「髪の色がすこしちがうかも?」
「身長はおんなじくらいだったね」
「あいさつするとき体を前にかたむけるのはどうして?」
「もしかして、地球ではそうやってあいさつするの?」
ふたご座の兄弟は声が被ることなく、絶え間なく、交互に話した。ソウタの返事を待っているふたりの眼は左右でちがう色をしていて、兄の左目と、弟の右目はおなじ青色の光を宿している。
「カストル、ポルックス。ふたりがじっと見つめるから、地球の子は困っているよ」
ソウタがふたご座の真剣な眼差しにたじろいでいると、見かねたおひつじ座がそう言ってくれた。
「だって、地球の子にはじめて会うんだもの」弟が言った。
「ケイスケはさそり座が連れて行っちゃったし」
兄が拗ねたようにつぶやくと、いて座は驚いたようすになった。
「さそり座が?どこに?」
そういえば、ふたご座でセレモニーの準備をしているはずのケイスケは、どこにもいなかった。
「わかんない。さそり座がおひつじ座を連れてきて、準備が終わったケイスケとどこかに行っちゃった」
「ぼくたちがおひつじ座の手当てしてるあいだに、気がついたらいなくなってた」
ふたご座の弟は口をとがらせて、兄は眉間にしわを寄せて、答えた。兄が述べたとおり、おひつじ座は片方の足に包帯を巻いていた。
「さっき怪我したんだ。どこかから飛んできたなにかに当たったんだよ」
おひつじ座はかなしげな笑みを浮かべた。ソウタが、なにかって?と訊くと、
「わからない。星空では見たことないものだったし、ぼくに当たったあと、またどこかに飛んで行ったから」とため息をついた。
「彗星のかけらともちがうのかい」といて座が言った。
「ぼくも彗星かと思ったけど、彗星みたいに燃えているものじゃなかったよ。にぶく光っているだけだった」
おひつじ座の言葉に、いて座もふたご座もうーんと考え込んでしまった。
「……ソウタはこれからどこに行くの?」
おひつじ座がぼくにやさしく訊ねた。
「どこだろう。ケイスケくんに会えたらいいんだけど……」
「そうか。じゃあ、これからまた外を歩くんだね。ぼくにぶつかったものが、まだどこかを飛んでいるかもしれないから、気をつけてね」
おひつじ座の忠告に、ソウタは頷いた。
「ケイスケはどこに行ったかな」ふたご座の弟が言った。
「さそり座の方角かな」ふたご座の兄が言った。
「ふたご座、ソウタを連れてさそり座をたずねてくれるかい。私はおひつじ座をポラリスのところに連れて行くから」
いて座がそう言うと、兄弟はソウタの両手をすかさず握った。
「任せて」弟がいて座に言った。
「僕たちの手、はなしちゃだめだよ」兄がソウタに言った。
いて座はおひつじ座を軽々と抱き上げて、ソウタに言った。
「私もすぐに行くから、ふたご座と行っておいで」
「うん」
互いに、またあとでね、気をつけて、良い夜を、と言いあって、ソウタと星座たちは二手に別れた。
◇
「ここから地球って見えるのかな」
ソウタが言うと、ふたご座の弟は右腕を真横にまっすぐのばして、その先のもっと先を指差した。「地球は、あっちにまっすぐ行ったところにあるんだって」
「でも、ここからは見えないよ」ふたご座の兄がそう付け加えた。
「それは、地球が恒星じゃないから?」
「「こうせい?」」ふたご座は声をそろえて、同じように首をかしげた。
「えっと、地球は自分で燃えていない星だから?」
「「うーん」」
兄弟は声をそろえて考えたあと、弟、兄の順に話し始めた。
「ここから地球までのあいだに、たくさん、燃える星がいるもんね」
「もし地球が燃える星でも、ほかの星の光にまじったり重なったりして見えないと思う」
地球があるらしい方角に目をこらすと、大きさも色もさまざまな光が満ちていて、鮮やかなブルーやマットなグリーンはどこにも見当たらない。
「じゃあ、ここからだと、太陽も見えないんだね」
「そうだね」「遠いし」「小さいもんね」「太陽も地球もね」
自分よりずっと小さな兄弟が太陽も地球も小さい星と言うので、ソウタはなんだかよくわからなくなった。
さそり座に向かう途中で、ソウタたちは大男の星座ふたりと出会った。彼らはソウタよりずっと背が高くて、身体はぶあつい筋肉で覆われている。
「よう、カストル、ポルックス。こんな良い夜に、幼い彗星連れてどこ行くんだ」
ふたご座の身長よりずっと大きなこん棒を肩に担いでいる方の大男が言った。
「こんばんは、オリオン座。ソウタは彗星じゃないよ」
弟は、はきはきと返事をした。
「こんばんは、光の兄弟。彗星じゃないなら、新入りの星座かい」
今度は、ふたご座を二人合わせても追いつかない大剣を背負った大男が言った。
「こんばんは、ペルセウス座。ソウタは地球の子だよ。セレモニーのお客さんなんだって」
兄も堂々とした態度で返事をしている。
そうなのか!と英雄たちはソウタを見た。オリオン座もペルセウス座も、自信に満ちあふれた様子がみなぎっていて、ソウタは圧倒された。ふたご座は慣れているのか、落ち着いていて、体の大きさに関わらず、かれらは対等に接している。
「遠い星からよく来られたな、お客人。今夜は楽しんでいってくれ」
オリオン座は、自分が星空の代表であるかのように言った。
「そういえば、さそり座がしらない星を連れていたな。あの星がセレモニーの主役かい?」
ペルセウス座がそう言うと、小さな兄弟は顔を見合わせた。
「そう!」「きっとケイスケだ!」「ケイスケとソウタは親友なんだ」「さそり座はどこにいた?」
「たしか、南の方角に向かっていたよ」
「南か」「何しに行くんだろう」「さそり座は無口だからね」「何を考えているかわからないもんね」「わるいやつじゃないけどね」「「教えてくれてありがとう、ペルセウス座」」
ふたご座の兄弟は、交互に、口々にしゃべり、それなのにふたりの声は一切被らないし、お礼の言葉はきれいに重なるのだった。ソウタは思わずペルセウス座の顔を見た。ペルセウス座は、すごいよな、と微笑んだ。
ふたりが話をしているあいだじゅう、オリオン座は苦い表情を崩さなかった。ソウタは思わずオリオン座に訊いてしまった。
「どうしたの」
「おれはさそり座がだいきらいなんだ、姿を見たくも見られたくもないんだがな」
「星座どうしで仲がわるいことがあるんだ」
「もちろん!きみにも折り合いのわるいやつがひとりはいるだろう?」
ソウタは記憶をめぐらせて、正直に答えた。「……うん、そうだね、いるね」
「そういうことだ。星座も地球の子もおんなじってことだな」
オリオン座は片眉をあげて、にやりと笑った。きらいなやつの話をしているときも堂々とふるまっているオリオン座が、ソウタには新鮮に見える。
「星空は広いからな。迷子にならないように、ふたご座、かれの手をちゃんと握っているんだぞ」
オリオン座が言うと、ふたご座は「もちろん!」「わかってる!」と勢いよく答えた。
「南の空に向かうのか、気をつけて行くんだぞ。まあ、ふたご座がいるなら大丈夫だな」
ペルセウス座がソウタの肩にぽんと手を置いた。英雄の手のひらはぶあつくて、その奥からにじみ出るやわらかい星の熱で満たされていた。
二人と別れるとき、ソウタは自分から「いい夜を!」と言うことができた。オリオン座とペルセウス座は、「良き夜を、地球の子!」「またな星のきょうだいたち、良い夜を!」と大きな声で返事をくれた。
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